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■黄昏5

「おまえ、バカか?」
しばらく私を凝視した後、エリオットが言った。

「……え?」
思わぬ反応に、リアクションが出来ない。
あと、バカって言う奴がバカなんですよ!
でもエリオットは本当に呆れてるようだった。

「過去に縛られるとか、バカじゃねえのか?
だからおまえ、処刑人に目をつけられんだよ」
脱獄囚に言われた!
というか処刑人ってエースのことですよね。
はて。何で処刑人が出てくるんだろ?

そしてエリオットは、私を彼の膝に乗せるように抱き上げると、目を合わせ言った。
「あのなあナノ。悪いが、おまえの過去なんて俺は興味がねえ。
だが、おまえがそれに囚われてるのは危険だ。
過去なんて面倒なもん、投げ捨てろよ。でなきゃ、俺に全部押しつけろ。
だから、処刑人の注意を引く真似はするな。あいつを追いかけるな」
「…………」
ふと考える。
ブラッドは確かに女にだらしない。
だけど、エリオットという腹心兼、悪友の存在を、非常に大事にしていた。
私が余所者ということをバラしても、前の世界のように扱われるとは限らない。
前の世界では後ろ盾があいまいだったけど、この世界ではエリオットがいる。

――エリオットがいてくれるなら余所者とバレても……。

いやいや、でもマフィアだ。
気分次第でカフェをつぶすし、私にひどいことをしたこともある危険な人だ。
彼自身はいい人でも、いつかは離れなくてはいけない。
まだ判断は早すぎる。打ち明けることも、小屋に戻ることも時期尚早だ。

でも、エリオットの話はまだ続いていた。
「だから俺も気にしねえ。おまえが何を育てていようと、それを誰からもらおうと
関係ねえ。おまえは今、俺だけの物だからだ。逃げようったってもう離さねえ!」
「エリオット……」
どうも帰還に乗り気じゃないのは気づかれていたらしい。
束縛していたと認めながら、私を束縛する強引さ。
エリオットの手が、私の背を伝い、後ろを撫でていく。
その動きは親愛の表現ではなく、別の意図を伴うものになっていた。

私はため息をついた。
「まあ、確かに最近、話の整理が面倒になってきたんですよね。
一回、全部リセットしてもいいですか?何かこういうのって、苦手で」
「当たり前だ。頭が××なのに難しく考えるなよ」
……ちょっと待て。それはむしろ、あなたの方では……。
けど反論する前にエリオットが私を抱きしめたまま麦畑に横になる。
何度もキスし、私の身体に手を這わせる。
「ちょ、ちょっとエリオット!」
騎士のことをどうこう言っておいて、自分も外ですか。
しかもこんな場所で!
「おまえは俺の女だ。それだけ知っていればいい。他は考えるな」
「…………」
あなたまで私に人間を止めろと仰るか。

胸を愛撫されながら嘆息していると、顔にウサギ耳が当たる。
うう、くすぐったい。
そして、その下はオレンジ色の髪。夕陽のような黄昏のような。
エリオットは私を、マフィアという暗い黄昏にいざなう人だ。

……黄昏、ですか。

夕方というのは、とかく嫌なイメージで語られる。でもマイナスばかりでもない。

……例えば、人生の老境にさしかかった執事がいる。
彼は、かつて由緒正しき名家に仕え、品格ある執事として、彼の主人に人生の全てを
捧げていた。でも忌まわしき大戦が全てを奪う。深く敬愛した主は亡くなり、新しい
主人にも、移り変わる時代にもついていけず、自身にも老いの影が忍び寄る。
彼は昔を懐かしみ、輝かしい時代が二度と戻らないことを、ただ嘆き悲しむ。
そんな彼に、行きずりの男が声をかける。
夕方が一番いい時間なんだと。

家路につく人たちが楽しそうにする時間。
恋人達が手をつなぎ、笑い合う時間。
和やかで楽しい夜にみんなを導く時間。

暖かい夜に人々を導く黄昏どき。
私を裏通りから助け、騎士から助け、暖炉のある暖かい小屋に連れて行く。
時々乱暴で、でも本当は優しい三月ウサギ。
彼の側にいれば、私のいる場所は暖かい夜になる。
いや不思議の国だから光満ちる朝に、活気あふるる昼に導いてくれるかもしれない。
この人がいてくれれば、私はもう少しだけ、自分に希望を持つことが出来る。

「一緒に帰ろうぜ。ナノ」

エリオットが私を抱きしめる。愛撫の手はとても優しい。
温かい。身体も、心も。
私は行き場のない余所者じゃない。
エリオットがいてくれるんだ。
涙があふれてくる。
そして自分からエリオットを抱きしめ、心からの笑顔で言った。

「うん、家に帰る。ありがとう、エリオット!」

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