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■黄昏4

どれだけ走っただろうか。
ついに逆流が開始されるかというとき、エリオットはやっと止まった。
「ここまで来ればいいか」
「はあ、はあ……」
やはり化け物だらけな不思議の国。エリオットは息一つ乱さず、私を肩から下ろす。
ちなみに何かしたわけでもない私は……猛烈な乗り物酔いの真っ最中でございます。
「うう、もうダメです……」
地面に両手をついてへたばっていると、麦の穂が鼻をくすぐった。
「あ、あれ……?」
私は顔を上げて、あたりを見回した。
てっきり屋敷に戻されたかと思ったのに。
そこはエリオットと最初に出会った麦畑だった。
あのときと同じように、麦の穂が夕暮れの風を受け、力強く揺れている。

「…………」
空は赤い。夕方、夕暮れ、黄昏。
真っ赤な空は、なぜ人を不安な気分にさせるんだろう。
「?」
ガサッと音がし、横を見ると、エリオットが私の隣に座るところだった。
そして、私を見た。鋭いまなざしで。
「…………」

――えーと……。

マズイ。私の言葉を待たれてる。私は反応に迷う。
どうエリオットに話しかけるべき?乙女ゲームなら選択肢が出るところだなあ。

私はまだ迷っている。
整理しよう。最初、私はエースにお礼をするため、エリオットの元を離れた。
その後、エリオットと再会。でもその際、エリオットに嘘をついてたのがバレた。
で、エースに『余所者』ということがバレた。もう彼に従うしかないと思った。
でもエースはエース。だんだんと扱いがひどくなっていって……そこをエリオットに
助けられた。
うっわ、箇条書きするだけでもややこしい!
要はエースは悪、私は嘘つきというわけだ。

とにかく助けてくれたことにはお礼を言おう。
あのままだったらハートの城に行く前に、エースに崖から突き落とされてた。
でもエリオットは、嘘をついたことには目をつぶってくれるらしい。
なので『マフィア』ということをのぞけばエリオットから逃げる理由は無くなった。

『ありがとう、ごめんなさい』……そうなるのかな。嘘をついてましたし。

私だって、女の人がエリオットにプレゼントをして、それを『店で買った物だ』って
エリオットに説明されたら、すごく嫌な気分になる。
うん。ごめんなさい、だ。エリオットは厳しい顔で私の言葉を待っている。
私は緊張に、ゴクッと生唾を飲み、エリオットに口を開いた。


「エリオット、パン下さい、パン」


「…………」

あ……ヤバ。お腹も空いてました。
土下座の勢いで頭を上下に猛スイングさせる。
「あ、あああああっ!!じ、じじじ冗談です!ごめんなさい!本当ごめんなさい!
あ、いえ、今のごめんなさいは空気を読まないジョークへの謝罪ではなく、あなたに
いろいろとご迷惑をおかけしたことへの謝罪でありもちろん冗談へのお詫びはそれは
それとして、是非とも行わせていただきたい所存であり……」
「そう言うと思って持ってきたぜ。ほら、ニンジンブレッドだ」
エリオットは苦笑しながら、私の言葉を遮り、目の前にパンを差し出した。
「――っ!」
ついバクっと……。

「お、俺の手ごと噛むなよ!動物かおまえは!」
動物さんに怒られました。

…………

…………

「エリオット、ありがとうございます。あと、嘘をついていてごめんなさい」
彼の膝に頭を乗せ、私はやっとエリオットに言う。
「本当は、助けるべきか迷ったんだ」
私の髪を撫でながらエリオットは言う。

「おまえは俺を、命の恩人だと持ち上げながら、何度も嘘をついた。
だが俺だっておまえを責められるほどの立場じゃねえ。
おまえを傷つけたし、騎士の言うとおり、束縛してたかもしれねえ」
まあ、後ろ暗い心当たりがあるのは、お互い様なのだ。
「逃げるおまえの後ろ姿を見て、一度は逃がそうかと思った。
俺のところにいるより、騎士のところに行く方が幸せなら……と、一度だけ、な」
激情の三月ウサギらしくないことを言い、彼は私の頬にあった傷を撫でた。

つまり、エリオットは少しだけ、私が信用出来ないと思ったらしい。
まあ他のことならともかく、紅茶のことはブラッド絡み。
彼に骨の髄まで心酔する腹心として、流せなかったんだろう。

「だけど、部下に様子を見に行かせたら、崖から落ちてるわ、外でヤラれてるわ、
××の前でヤラれて泣いてるわ、ろくな扱いを受けてねえ」
待て。見られてたんですか?斥候は誰だ!そいつを始末するっ!!
ていうか、その時点で助けてくださいよ!!
――それとエリオット!野外については、あなたもとやかく言えないでしょう!
……ツッコミと強烈な羞恥の板挟みで、密かにもだえていると、
「だから、それを聞いて、屋敷を飛び出してきた」
エリオットは私の頬に手をあて、そっと顔を近づける。
私が目を閉じると、唇が重なった。
彼の両腕が私の背に回り、強く、強く抱きしめられる。

「ナノ。帽子屋屋敷に戻れ。これは命令だ」

命令と言われれば、私はうなずくしかない。
でもその前に一つだけ、確認することがあった。

「エリオット。私は過去にいろいろあったんです。
でもあなたに全て話すことが出来ません。
それでもいいんですか?過去に秘密を抱えた女でも」
秘密はいくつかある。
中でも余所者ということは話せない。

麦畑に吹く黄昏の風は、あまりにも冷たかった。

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