続き→ トップへ 短編目次 長編2目次

■黄昏3

「…………」
エリオットはそんな私をとても厳しい目で見る。
あれだけ世話になって、アッサリ裏切るのだから、当たり前だろう。
「え、エリオット。わ、わ、私はエース様のそばにいると、決めましたので……」
どもりながら言っていると、
「連れ帰る」
「……え?」
エリオットがキッパリと言い、私は顔を上げる。エースが呆れたように、
「ええー、もう少し『らしく』ふるまってくれよ。
好きな子のために身を引くのが男ってもんだろう?」
「うるせえ!もう面倒な話はごめんだ!こいつがどう思っていようと、俺が連れ帰る
といったら連れ帰るんだ!来い、ナノ!」
ほとんど駄々っ子のような言い分を放ち、エリオットが私に手を伸ばす。
でも私は首を振ってそれを拒んだ。
「エリオット、もう帰ってください。私は……私は……」
うつむき、地面を見ている私に、低い声がした。

「……この騎士は信用出来ねえ」

「ええ!?俺は君を深く信頼してるぜ、エリオット」
エースの茶々は無視して、エリオットは怒鳴る。

「だから、あのとき騎士が言ったことも信用しねえ!
おまえみたいな裏通りのガキが、紅茶を淹れるはずがねえんだ!
畑で育ててる何とかっていう木の名前だって、いちいち覚えてねえよ!」
「え……エリオット?」
「おまえは最初から、あれは紅茶が取れる変な木だって言っていた!
ツバキだ何だっていうのは、ガキどもの記憶違いだっ!」

――聞かなかったことにしてくれた……。

私はやっと顔を上げ、エリオットをまっすぐに見つめた。
「ブラッドはまだ、あのときの紅茶の味を忘れてねえ。
けど、名のある淹れ手なら、放っておいてもいずれ分かると言ってる。
淹れた奴を探せっていう正式な命令は下りてねえんだ。
……可能性がある奴を黙っていても、ブラッドへの裏切りにはならねえ」
とても苦しそうに言った。忠誠心あふれる三月ウサギの妥協点だったんだろう。
「ふーん、じゃあその子を改めて、自分の女としてボスに紹介するんだ?」
私が余所者と知っているエースは楽しそうだ。
けど、それについてはエリオットはさらに苦しそうにする。
「いや、それは中止だ。うちの奴が騎士に連れ回されてるって話がうちの情報網に
入っちまった。屋敷入りの話は俺の方から流した。また小屋に住んでもらう」
うう。さすがに騎士と駆け落ちしてお咎めなし、というバラ色展開はないらしい。
まあ私がハートの城の人間と通じてると、思われてるわけでもあるし。
でもこれは思わぬ副作用だ。連れ戻されてもブラッドと顔を合わせずにすむ。
「これでいいだろう?帰るぞ、ナノ!」
「ええと、でも……」

――あれ?私、エリオットと戻ってもいいんじゃ……。

……いやいや。やっぱりダメだ!エリオットはマフィアで、私はマフィアが嫌いで。
「あははは。俺、何だか馬の骨っぽいな。でもそう簡単には譲れないけどさ」
と騎士が剣をエリオットに向ける。

そのとき、ひときわ豪快な金属音がした。
「ひよこウサギの依頼も、たまにはまともなのがあるじゃない!」
「堂々と騎士を攻撃出来て、臨時ボーナスなんて。気前良すぎて気持ち悪いよね!」

大きくなった双子がエースに猛烈な斧の斬撃を食らわせていた。
「三対一かい?さすがに俺も不利だぜ。愛の道は険しいなあ」
でもエースには軽口を叩く余裕があるようだ。
三月ウサギに加え、大人二人が相手なのに笑顔のままだ。
――本当に強いんですね、エース……。
騎士が本気で、迷いなく挑んだら誰も勝てない……と、いつだったか補佐官が言って
いたのを思い出す。でも今はどうなんだろう。私のために迷うことは?
「わっ!」
ふわっと浮いたかと思うと、視界が一気に高くなる。
エリオットの肩に担ぎ上げられていると気づいて慌てた。
「え、エリオットっ!?私は行きたくないですよ!?」
「顔なしのために役持ち三人が出張ってやったんだ!帰るぞ!」
「顔なし、ねえ……」
双子の斧を受けながら、エースは意味深に言う。
エリオットは何らかの皮肉と受け取ったのか舌打ちしただけだった。
でも私は知っている。
こうして担がれている間も、私の身体はエリオットの身体に密着している。
いつバレるか分からない。そしてバレたら。不思議の国中の役持ちに伝わり、嫌でも
表舞台に出され、最悪、玩具扱いになってしまう。絶対に嫌だ。
「もう、どうすればいいのか、分からないです……」
いっぱい、いっぱいだ。
「なら何も考えるな!俺に従え!おまえは俺の部下だろう!」
エリオットはそう怒鳴り、戦闘に背を向け、走り出す。
「またな、ナノ!」
戦闘の音と、エースの不吉な声が遠ざかっていく。
――というか、上司にかつがれる部下は普通ないのでは……。
それと腹が圧迫され、何か……何か……ちょっとヤバいんですがっ!!

私の内なる悲鳴に気づかず、エリオットは道なき道を走っていった。

6/8
続き→
トップへ 短編目次 長編2目次


- ナノ -