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■黄昏2

※R12
※少しでも不快に感じられましたら、すぐにページを閉じて下さい

見透かされたように言われ、ハッとする。
彼は私に、命を『物』だと思わせたい。
でも目の前に横たわるものを『人』だと思えば、今受けている行為に耐えられない。
煩悶していると、エースが私を後ろから突き飛ばす。
「わっ」
反射的に地面に両手両膝をつき、そんな自分の姿に羞恥を覚えた。
でもそれ以上に、動かない人たちが、より間近になり、私は小さく悲鳴を上げた。
「少し待っててくれよ。すぐ準備するから」
「――エース。私は、全然ダメです……!」
いくら騎士が優しくとも、こんな状況でどう『その気』になれというのだ。
「うん。無理に乗らなくてもいいよ。そんなときのために、道具があるんだ」
「え……?」
振り向くと、エースがポケットの中から何か瓶を取りだしていた。
そして手袋を外すと、瓶の中身を手に広げ、動けないでいる私を見る。
私は瓶の中身を悟って、青くなる。
「……やめて……」
エースは多少歪んでいるなりに優しくしてくれた。
エリオットのように無理強いすることはなかった。
だから、せめてもの慈悲を期待し、彼を振り返る。
ハートの騎士は、とても優しい笑顔だった。
「俺はエリオット=マーチと同じになる気はないぜ。君を痛めつけたくない。
でも君と結ばれたい。だからその願いを叶えるため、ちょっと『滑り』を良くする。
それだけで君は苦痛が減るし、俺も満足出来る。嬉しいだろう?ナノ」
――この人は……。
私は、別世界の住人を見るように彼を凝視し、
――て、本当に別世界の人でしたね。
と、どうでもいいツッコミをする。
そしてただ、あきらめた。

逃げるか、あきらめるか。選択肢はそれしかない。

「ほら、もっと力を抜いて」
「う……っ」
負担を減らすと言いながら、慣らす行為は少しも気持ち良くない。
けど私の痛がる声は聞こえないのか、エースは上機嫌で、
「ほらナノ、足を開いて……いい子だ。行くぜ」

そしてまあ、逃げることしか出来ない、お馬鹿な子の泣く声が、夕暮れの草原に
響いたのであったとさ。

…………

…………

夕暮れの森はどこか寂しいものだ。
「…………」
私はドアをじっと眺める。
人を惑わせる迷いのドアを。
『開けて……』
『あなたが望む場所へ……』
『今度こそ、あなたが行きたい場所へ……』
『さあ、扉を開いて……』
誘惑に負け一度はくぐった。
私は扉をじっと見つめ、動かない。
そして目を閉じ、扉の声に耳をすます。
眠っているエースの隣から逃げるのは簡単だった。
追いかけてもこない。
もう行き場がなく、裏通りに戻ろうと思っていた。
でもなぜか足はここへ向かった。

…………

『開けて……』
『次こそ上手く行く……』
どれくらい経っただろう。
ついに私はゆっくりとドアノブに手をのばす。
ほんの少し、ほんの少し触るだけ。
『さあ、回して、開いて!』
ドアの声がちょっと勢いづく。
『あなたがあなたでいられる世界が……』
『新しい世界があなたを待っている……』
ささやかれるほどに、手を離しづらくなる。
――少し回すだけ、ほんの少し押すだけ。
それだけで、嫌だと思う全てから逃れられる。
――ほんの、少しだけ……。

弱い私を正気に戻したのは、銃声だった。

「――っ?」
気がつくと私はパッとノブを離していた。
扉の声は、もう私の耳に入らない。
――まさか、またエースに刺客が!?
そう思った瞬間には、私は声の方向に走り出していた。

…………

銃と剣の戦い。それは何度見ても違和感しかない。
なのに互角だ。互角になるはずがないのに互角だ。
鼓膜を破るような銃声と、それを弾く剣の音がする。

夕暮れの森の中で、エースとエリオットが戦っていた。
私が来たことに気づいているのか気づいていないのか、二人は話し続ける。
「ダメだよ、エリオット。ハートの城は目の前なんだから、あきらめてくれよ」
「どこが目の前だ!そいつが逃げてからどのくらい時間帯が経ったと思ってるんだ!
弱っちい奴なんだぞ?ずっと野宿をさせてたのか!?」
エリオットが吠え、銃が火を噴く。
やはり、逃げ出した私を迎えに来てくれたらしい。
エースは剣で軽々と銃弾を弾き、
「テントだけじゃないさ。満天の星の下で何度も寝た。この子も喜んでたぜ?」
けれどエリオットは私を見た。肉食獣に見られたようで、私は身体を強ばらせる。
すると、彼は表情を険しくして私を指さし、
「どこがだ!こんな傷だらけじゃねえかっ!」
『こんな』?私は自分を見下ろす。そんなにひどいですかね……ひどいかも。
暴力行為をふるわれたことはない。でも崖から落ちるわ、外でされまくるわと、傷を
作る原因には事欠かない。あー、この前、落ちたときの傷が痛くなってきた。
「でも、君のところにいたときよりマシだろ?」
「……っ」
そのあたりはエリオットも痛かったのか、言葉につまるのが分かった。
「それに、この子だって俺のそばにいたいと思ってる。なあ、ナノ?」
二人に見られ、私はビクッとする。
それでもエースには『余所者』と知られている。
「は、はい……」
蚊の鳴くような声で何とか言った。

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