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■森の騎士様・下

朝もやの森を、エースについて歩く。
どこに行くのか騎士は言わないし、私も聞かない。
ただハートの騎士の背中を追ってついていく。それだけ。
「わっ……」
すみません。背中だけ見てちゃダメですね。私は足下の石につまずき……
「おっと。大丈夫?」
地面とキッスをする前にエースに身体を支えられた。
……すごい反射神経だ。後ろに目でもあるのか、この人。
エースは私の肩を抱いて、しっかりと立たせる。
「ほら、ぼんやりしない」
「はいです」
素直に返答すると、なぜか騎士に軽くキスをされた。
「疲れたなら言ってくれよ?君を背負うくらいワケないんだから」
「はあ、どうも」
首をかしげて、とりあえずお礼を言った。
我ながら気のない返事だったけど、騎士は頓着せず、楽しそうに言った。
「よし、疲れた恋人に、リンゴの木を探す大冒険の始まりだ!」
何だか牧歌的な響きだなあ。
でも意気揚々と歩き出すエースは上機嫌だ。
「冒険の旅に誰かがいるって、本当にいいよな。開放的だし、君は可愛いし」
「はあ……」

――何か、思ったよりまともですね……。
ちょっと肩すかしを食らいつつ思う。

…………
『あの夜』私はエースに余所者ということをつかまれた。
彼の言うことさえ聞けば、余所者と黙っていて、女王や三月ウサギ、それと(多分
私にだまされて怒ってる)白ウサギから守り、面倒も見てくれるらしい。
それから関係を持たされ、延々と連れ回されている。

当初はいかなる八つ当たりをされるか、どう遊び半分で傷つけられるかと気が気では
なかった。どう逃げだそうか、それだけで頭がいっぱいだった。

けど、私へのエースの扱いはまともだった。
何かと気づかって親切にしてくれるのだ。
三月ウサギのように激情をぶつけてはこないけど、配慮すべきところは、ちゃんと
配慮してくれる。ええと……やり方も、紳士的で優しい。
野外趣味(?)なのはアレだけど、何だかんだ言って、人目のある場所は避けるし、
女の子の大事な場所に不衛生な汚れをつけるようなことは絶対にない。
しかし、この野外慣れっぷりが逆に怖い。こいつ生粋の変質者だ。
ん、ゴホン。横道にそれました。

――しばらくエースについていくしかないですか。
で、何となく自分の中では、現状を受け入れる方向でまとまりかけてきていた。

もともとマフィアは嫌だ。ボスの女も嫌だったけど、腹心の女だって五十歩百歩。
エリオットには遅かれ早かれ別れ話を切り出し、帽子屋屋敷を出て自立しなくてはい
けなかった。そのときのことを思うと、胃が痛いくらいだった。
そんな状況から、エースが助けてくれたと言えないこともない。
今のところエリオットの時ほどひどく扱われることはないし、こうして一緒に歩いて
いると、『あの夜』の緋色の目が夢だったのではないかと思えてくる。

――エースが危険なんて、私の失礼な思い込みだったんですかね。

関係を強要されるのは不本意だけど、それさえ目をつぶれば優しい恋人にも……。
「ナノ、俺の勘は『こっちにリンゴの木がある』と言っている!」
元気にそう言って、エースは茂みをかきわけ、歩き出す。
「エース、変な道を行くと遭難しますよ」
私も低木をはらいながら、苦笑がちについていく。
「うわっ!」
そしてエースの声がし、私の手首をふいにつかまれた。
「ん?」

次の瞬間、足下が消失していた。

…………

横になるのが辛いくらいに身体が痛い。
「ナノ、大丈夫かい?」
「全身が恐ろしく辛うございます……」
「可哀相に。ゆっくり休んでくれよ。俺が守るから」
「誰のせいですか!」
私は痛みをおして振り返ると、騎士をにらみつける。

足を踏み外した騎士に手を引っ張られ、一緒に崖を落ちた。
どういう理屈なのか、途中で落下速度はゆるんだけど……あいにくと崖の下は森。
エースが守ってくれたとはいえ、落下で強度を増した木の枝が全身に当たりまくり。
幸い骨折はしなかったものの、全身が大変に痛いです。
あと、私をかばったはずの騎士が無傷って何でですか。
「何で、自分が落ちるのに私も巻き込むんですか……」
うう、湿布を貼ってほしいけど、ここにそんな物はない。
病院も、いつたどり着けるか。苦痛にうめきながら抗議すると、
「え?だって、君は俺がいなくなったら、一人になるだろう?」
「……ですね」
まあ私が余所者と知る奴は消えますが。
「うんうん。それでまた敵だらけで裏通りで生きていくのは大変じゃないか」
「そ、そうですね……」
自分がいなくなった後のことまで心配してくれるなんて……ちょっと見直した。
だからといって崖下に引きずり込むのはアレだけど。
エースはニコニコ笑いながら言った。
「その想像だけですごく可哀相になっちゃったよ。君はお金を稼ぐのが苦手だし、
隠れるのもヘタだから、そのうちまたマフィアに捕まる。必ずひどい目にあう」
「…………」
空気が冷たい。時間帯が夜に変わったんだろうか。
全身の傷がやけに痛み、騎士が少し触っても私を苦しめられるんだなと自覚する。

「可哀相になってる君を俺だけが見られないなんて、ひどいじゃないか」

騎士は笑顔でそう言った。笑顔で。

そして私は何となく思う。

エリオットとは違い、エースの元から逃げるのはきっと簡単だ。
彼は私を喜んで逃がしてくれる。

より可哀相な目にあう私を見たいから。

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