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■嘘つきの逃避・下

目の前で銃弾と剣が飛び交っている。
ありえない戦いなのに、なぜか互角なのは不思議の国の七不思議と言うべきか。
――いえ、『不思議』が被ってますね。
ワンダーランド七不思議。いえ、不思議の国セブンスミステリー?語呂が悪いなあ。
などと現実逃避する間にも、エリオットとエースは何やら言い合っている。

「ホテルで何もなかったのは本当だぜ?好きなら何で信じてあげないんだ?」
「信じられるか!どうせおまえが無理強いしたんだろ!何もなけりゃ、出て来たとき
あんな疲れた顔をしてるかよ!」
ちょっと待て……いつから見てたんですか、エリオット。
「あはは。自分がひどいことをしたからって、同じ事を俺もしたと思うんだ。
本当にカフェイン中毒だったのを介抱してたのになあ」
エースにチラッと見られ、コクコクとうなずく。
肝心のエリオットは見ちゃいませんが。
「すごい珈琲の飲みっぷりだったぜ。見せたかったな」
思い出したのか、チラッと私を見てしみじみと言う。
「メイド君は珈琲が大好きなんだ。知らなかっただろ?」
言葉に混じる若干の優越感。銃の轟音と剣の嫌な音。
「……帽子屋屋敷は珈琲は禁止だ」
弾丸を叩き込みながらエリオットは言う。
「あはは。だからその子に嫌われるんだぜ、エリオット。
奪うか押しつけるか強制するか。どれもマフィアの発想だよな」
「私はエリオットを嫌ってません、エース!」
ややこしくなると面倒なので、それだけは否定する。
でもエースは爽やかに私の叫びに乗じる。
「いいや嫌ってるね。だから俺や他の顔なしには笑ってもエリオットには笑わない。
縛られる生活にも内心ウンザリしていた。だから気がゆるんだ瞬間、浴びるように
大好きな珈琲を飲みまくった。あれはすごかったぜ。ほとんどヤケ酒だ」
うわ、矛先がこっちに向かってきた。
しかも設定がどんどん量産されてるっぽい。
けど……エリオットの顔がどんどん強ばってくる。
「嫌ってません。嫌ってません!珈琲だって、もう飲みませんよ!!」
エースに向かって必死で、手を否定の形で左右に振る。
すると嬉しそうな赤の目が、

「そして色んな嘘をつく。俺があげたお茶の木、園芸店の人にもらったツバキだって
エリオットに言ったんだって?畑に出入りしてる双子君から聞いたぜ?」

……っ!

――何で、今それを……。

エリオットの顔に本格的な動揺が走る。撃ち合いの最中にこちらを向き、
「どういうことだ、おい!余り物のツバキだって俺に言っただろう!」
嘘が暴かれ、私は数歩、後じさった。
「何でこの騎士から物をもらった!お茶の木……?って何なんだよ!」
「そ、それは……その……」
エースはエリオットを剣で押さえながら、私をも追いつめる。
「俺は君を大事にするつもりだけど、君がときどき変なことを『言い過ぎたり』逆に
『言わなすぎたり』するのだけは理解出来ない」
「…………」
「敵対領土の俺から贈られたってのは言いたくないかもしれない。
けど、あえて『お茶の木』を『ツバキ』ってごまかす必要がどこにあるんだ?
珈琲だって、実は淹れられるのに、隠そうとしたよな」
そしてエリオットの至近距離の銃弾を当たり前に弾きながら言う。
「そして君がホテルでうめいている間、変な話も届いた。
ハートの城で、君と同じ服装の子が、不法侵入で撃たれるところを、見事な紅茶を
淹れて、完璧に宰相をだまして逃げ延びたってさ。陛下が興味を持ったみたいで、
その娘を探せって、わざわざ使いを出してきたんだぜ?」
ううう……私の話がペーターからビバルディに伝わってしまったらしい。
もう踏んだり蹴ったりだ。
「お茶の木からは紅茶の茶葉が取れる。君はどうやら珈琲も紅茶も淹れられる。
で、俺は思うんだけどさ」
「エースっ!」
私は絶叫する。真っ青になって。それだけは言わないでほしい。
でもエースは言う。

「いつかの会合でブラッド=デュプレの紅茶を淹れたのは、君だろう?」

エリオットが止まる。目を見開き、私を見ていた。

「何で……おまえ……いったい……」

その瞬間に私は走り出していた。
エリオットのこともエースのことも、お茶の木のことも畑のことも何もかも捨てて。

…………

…………

森の中で体力の限界が来た。
「はあ、はあ……はあ……」
私は爆発しそうな肺を押さえ、木の幹にもたれてうめく。
どこをどう走ったのか覚えていない。
周囲は夜で何も見えない。
でも危機感を抱く余裕さえない。
混乱した頭と心を抑える方法なんて思いつかない。

紅茶の腕のことがバレかけている。女王にも帽子屋にも。
そして正体を隠しているはずなのに勝手に愛される。
私は何もしていないのに。
この世界は悪夢だ。でも出ていくことが出来ない。
一人でひっそりと生きていきたいだけなのに。
「う……」
口を押さえると、涙がポロポロこぼれた。

もう帽子屋屋敷に戻れない。
かといって行く場所もない。働ける才能もない、
「これから、どうすれば……」

「君がついている嘘はまだあるよな」

後ろから抱きしめられ、息を呑む。
「初めて会ったとき、俺とユリウスの関係を指摘したことだ。俺がユリウスの下で
仕事をしているのは、誰にも『見えない』はずなんだ。役を外れたことだからね。
でも、そのことを君は言った……そしてホテルで君を抱きしめたとき……」
暗闇の中、エースの手が私の胸に触れる。
彼の指先に伝わる……心臓の鼓動。
エリオットはついに気づかなかったけど、エースはアッサリ気づいた。


「君は余所者だろう?」


「……っ!!」
「なのに顔なしだと嘘をついた。余所者とバレるのを異常に怖がっている」

……もう隠す意味がない。私は声を震わせて言った。
「余所者であるというのは良いことだけじゃないんです。いくら愛されると言っても
異世界の人間です。時として迫害されることもあります。
だから、隠して顔なしとして生きようと……もう元の世界にも帰れないので」
「ふーん、余所者も大変なんだな」
それ以前の事情には興味がないらしい。エースの手が私の胸をまさぐる。
心臓の鼓動を確かめるのではなく、意図を持って。
「さて君が余所者と知っているのは、どうやら俺だけだ」
あとは夢魔。でもこの世界でも、積極的に私に関わる気はないらしい。
「エリオット=マーチには嘘を重ねたのがバレた。
いや、あの紅茶を淹れたことがバレたから帽子屋屋敷自体に帰りにくい。だろ?」
「…………」
沈黙は肯定と同じと知りつつ、他に言葉が出ない。
「かといってトカゲさんにアプローチもしなかったよな。
クローバーの塔に頼る気はないみたいだし……」
エースは一度私から離れ、私の前に回ると、こちらを見下ろす。

親友と引き離され、領地にも居つかず、一人荒れ続ける騎士が。
私の弱みをつかむだけつかんで、一気にぶつけてきた。
『永久に時計塔にたどり着けない』と言い放った私を許す気が無かったんだろう。
そして今、彼が見下ろすのは、行き場のない余所者。
「君を助けられるのは俺だけみたいだ」
「認めたくありませんが……そのようですね」
そしてエースは指先で私のあごを持ち上げ、心底から楽しそうに言った。


「さて、どうしようか?」



2011/12/29

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