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■嘘つきの逃避・中

真っ昼間の、クローバーの塔近くのこと。
そのホテル前の空気は、あまりにも緊迫していた。
通行人の顔なしさんたちは、いつ銃撃戦が始まってもおかしくない雰囲気を察して、
足早に私たちのそばを通りすぎる。
それでも通りすぎる際、私に若干の好奇の視線を投げていく。

『役持ち二人が取り合ってる、あの顔なしの子は誰なんだ?』

もしそう思うなら立ち止まって、よくやり取りを聞いて欲しい。
そんな甘いシーンでは絶対にないのだから。

「メイド君、君は本当は今の状況に嫌気がさしてる。そうだろう?」
エースは笑顔。とても爽やかな笑顔だ。
とはいえ、言われていることには頭痛しか覚えない。
「あなたは役持ちですが、失礼にもほどがありますよ、エース」
私は、抱きよせるエリオットの腕にすがり、反論する。
「助けていただいたことには心から感謝します。
けど、そこまで言われたら、これからはもう……」
「君こそ話をそらすなよ。俺は『誰』から君を助けた?
そして今また『俺に助けてもらわないと』、永久に三月ウサギに束縛されて生きる
ことになるぜ?ブラッド=デュプレの犬の、飼い猫としてね」
「私たちの関係に、他人が首を突っ込まないで下さい」
エースがこういう物言いをするときは黄信号だ。
私はエリオットを見上げる。
「エリオット。行きましょう。つきあってられません」
「ああ。変な野郎に絡まれたな」
エリオットが力強くうなずくのが頼もしい。そして歩き出そうとする。
「エリオット=マーチ。少しメイド君の自由を奪いすぎじゃないか?
好きなものも自由に飲ませない、お金も与えない、自分で了解したくせに、俺といる
のも気に入らない。挙げ句、今度は二度と屋敷から出さない?心の広い恋人だよな」
今度は矛先をエリオットに変えた。
エリオットが立ち止まる。

「何……だと?」
今度は私ではなくエリオットが顔色を変える。
エリオットは私を抱きしめていた腕をほどき、私を横にやると、騎士に詰め寄る。
「先に挑発したのはてめえだろう!俺はこいつにちゃんと遊ぶ金を渡してる!」
「でもカフェに入ったとき、この子は無一文だったぜ?
おごるって言ったら、大好きだって言う珈琲を浴びるように飲んでた」
「珈琲……?」
マズイ。話の流れが微妙にマズイ。
「エース。私の意志で使わなかっただけです。何も買えないわけじゃないです。
入り用のものがあれば、ちゃんとエリオットが出してくれます」
エリオットの名誉のためにそれだけは強調し、ついでに話をそらす。
「入り用のものが……って、それ、ますます要求しにくいよな。
珈琲飲みに行くからお金下さい、とか顔なしからは言い出しにくいぜ。エリオットも
なるべくお金を使わせたくなかったんだろ?この子はお金を稼ぐのが下手みたいだし
使える金がなければ、エリオットのそばにいるしか、選択肢がなくなる」
……エースはさっきから、会話をどこに導こうとしているんだろう。
彼の言葉を聞くほど不安がつのる。
でも立ち去りたくともエリオットが挑発に乗ってしまっている。
「てめえ……さっきから細かいことをつついては絡んできやがって!!
ケンカを売りたいなら、さっさとその剣を抜けよ、相手をしてやるっ!」
今にも銃を抜きそうな顔で怒鳴る。まあ、彼も難しい話は苦手なのだ。
でも、どうやらエースの方も、笑顔に反してご機嫌がよろしくないらしい。

「別に。ただ気に入らないだけだよ。一度目は草原、二度目はお城、三度目は今。
この子を欲しいと思うたびに君の存在が邪魔をしてくる」
う、うーん。そういえば。
「それで俺が好きな子を、君が可愛がってるかと思えばまるで逆だ。
その子をいじめるし、いじめてなくとも、自分の思い通りにしようと縛っている。
メイド君もすごく意志が弱くて、エリオット=マーチの機嫌が全てみたいだしさ」
ちょっと待てあんた!

「マフィアに囚われて、心と身体を支配されてる可哀相な女の子。
そんな子は、このハートの騎士が助けてあげなきゃな」
そう言ってエースは剣を抜いた。

「今回は交渉は無しだ、エリオット=マーチ。その子は力ずくで渡してもらうぜ!」

「こいつの名前も知らないくせに何をほざきやがる!!」
エリオットが私を建物の方へどかせ、銃を抜いた。

あ、そういえば未だにエースに名前を教えてなかった。
「あ、あのですね、私の名前は……」
ナノなんですが……と恐る恐る言おうとしたんだけど、二人とも私そっちのけで
銃撃戦を始めてしまった。そして周囲の悲鳴がスタート。
通行人さんたちが、クモの子を散らすように逃げていく。
私は逃げるに逃げられず、建物の壁際に避難しながら空を見上げる。

――何でいつも、こうなるんですか……。

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