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■嘘つきの逃避・上

朝の時間帯のホテル前。
仲良く(?)話しながらホテルから出て来た男女。
それを目撃してしまった別の男。
そして始まる女への糾弾。

見ている分にはさぞ楽しかろう。
そう、見ている分には……。

「いえ、ですから何もしてませんってば!介抱していただいただけです」
私ナノは、何度もした説明をまた繰り返す。
「なら何でそいつと『次のホテル』に行こうとしてたんだよ!!」
そしてまた、同じ事を怒鳴られる。
私を『俺の女』と主張するエリオットに。
通行人の皆さんのお耳や視線に、全くかまわない三月ウサギ。
その激昂した顔は、浮気現場を見つけた男のそれでしかなかった。

「あはは。メイド君の言うことは本当だぜ。彼女にご奉仕してもらおうと思ってた
のに、××時間帯ずーっと、俺がご奉仕させられることになって困ったぜ」
騎士の野郎……コホン、エース様の野郎。弁護しているようで全くしていない。
「おまえ、休憩もしないでずっと騎士と……それで次まで……」
そしてさらにアレな誤解をし、私を凝視するエリオット。
「エリオット、信じてください。本当に何もなかったんです!」
でもエリオットの疑いの目に変化はない。
あの部屋にいたのは私とエースだけ。証言してくれる人もいない。
うう……根も葉もないスキャンダルを、週刊誌に書きたてられた、芸能人の気分を
味わうナノさんでありました……。

「あはははは。修羅場になっちゃったね、メイド君」
騎士は明らかに状況を楽しんでる。こいつはハナから当てにならない。
「エリオット。私は珈琲の飲み過ぎでカフェイン中毒になってたんです。
ずっとベッドでグッタリしていて、休んでいました。本当に何もないんです」
そこでハッと思い出す。そうだ。カフェの人に証言してもらえる!
急いで懐から、先ほどいただいた珈琲無料券を出し、エリオットに差し出した。
「ほら、この無料券!このカフェに今から行きましょう!
そこの店員さんや店長さんが、私のカフェイン中毒を証明してくれますから!」
私が珈琲を飲みまくってたのは店の人全員が見てる。
さらに言えば店の裏で……ええと、延々と逆流させていたことも。
醜態がバレるのはイヤだけど、これでどうにか疑いを晴らせるかもしれない。
けど、エリオットはその店名を見て、目をそらした。
「……そのカフェなら、もうねえよ」
「は?」
え?どういうことですか?××時間帯の間にカフェが店舗移転?
いやいや、ンな馬鹿な。いくら時間のデタラメな世界だって、それはない。
するとエースがニヤニヤしながらエリオットに、

「えー。もしかしてカフェに八つ当たりしちゃった?
俺とメイド君が楽しくお茶してたのを見たからってさ。
マフィアは本当に過激だよなあ」

「……は?」
え?ちょっと待って。まさか……!
「え、エリオット!あなた!あのカフェをつぶしたんですか!?」
私は目を丸くして叫んだ。
エリオットは微妙に気まずそうに、でも怒りが先に立ったのか私に言った。
「だって、おまえがあいつと楽しそうに笑ってたから……俺にはまだ笑ったことが
ねえのにって……おまえと騎士を探してたら、あのカフェに出て……それで……」
ええと、エリオットの説明が飛びすぎて分からない。するとエースが、
「つまりさ、メイド君。俺たちはカフェでは窓際の席だっただろ?君が楽しそうに
メニューを選んでるのを、エリオット=マーチに外から見られてたんだ」
な、何ですと……?全く気づかなかった。
というか、エースも言ってくれればいいのに。
そしてエリオットは、歯切れ悪く説明しなおしてくれた。
「俺は領土交渉でその場を一度離れた。それで終わってから、おまえのことが気に
なって探したんだ。でもどこにもいなくて……あのカフェの前を通りがかったら、
おまえが騎士に笑ってたのを思い出して……何かムカムカしてきて、それで……」
「そ、それでカフェをつぶしたって言うんですか?たったそれだけで!?」
「…………」
エリオットが目をそらす。肯定したようなものだ。
……何てことを。
考える前に撃つ人だとは知ってたけど、それにしたって何てことを。
珈琲にものすごくこだわりを持っている店で、店長さんは無料券をくれたいい人。
店員さんも気安くて、お店を愛しているのが伝わってくるカフェだった。
それを、私がエースに楽しそうに笑ってたって、それだけで……。
――マフィアの役持ち……。
それがどんなに厄介なものか、改めて思い知る。
それに、笑顔がどうとかはタイミングの問題だ。
エリオットのことは許しているつもりだし、今さら関係を悪くしたくない。
それだけは分かってほしい。
「エリオット。私は……」
でもエリオットは何か言う前に私の腕をつかみ、乱暴に引き寄せる。
いきなり引っ張られたので、腕が抜けるかと思った。
「わっ!」
エースが笑顔のまま、とがめるように、
「おいおいエリオット。女の子を乱暴に扱うもんじゃないぜ?」
けどエリオットは私を腕の中に抱き寄せ、エースに言う。
「多少の追及はさせてもらう。でもこいつに暴力をふるったりはしねえよ。
だけどな。ここからは俺たちの問題だ。あんたはもう無関係だ!」
ウサギなのに肉食獣のような目でエースをにらむ。
「こいつの身体を散々楽しんで、義理は十分に果たしただろ?
二度とこいつに近づくな。いや俺が、もう屋敷から出さねえ!」
ううう。馬鹿力がギリギリと私の身体をしめ上げる。
あと私の浮気はエリオットの中では確定事項らしい。しくしく。
加えて、せっかく外出許可が出たと思ったのに、当分屋敷から出られないらしい。
また朝に夕に畑仕事をして、小屋でエリオットを待つ生活に戻るのか。はあ。
でも無関係を宣告されたエースは、涼しい顔だ。

「束縛すると、また嫌われるぜ?君もイヤになってるだろ?メイド君」
「いえ別に。畑作業は嫌いじゃないですし、エリオットの命令なら聞かないと」
ああ、こんな気弱なことで、いつかエリオットに別れ話を切り出せるのかなあ。
「顔なしは心が広いなあ。あれだけひどい目にあってさ」
わざとらしく、呆れたように言われた。
「過ぎたことですよ。エリオットのことは嫌いにはなりません」
この世界に来て困窮していた私を助けてくれて、今も衣食住の全てにおいて世話に
なってる人だ。嫌えるわけがない。
「私とエリオットの間に何があったとしても、過去のことです。もう忘れました」
キッパリ言うとエリオットの腕が、私の身体をいっそう強く抱きしめる。
私も彼のそでをギュッと握る……カフェのことを考えないようにしながら。
「エース。こちらの勝手で大変申し訳ありませんが、私はエリオットと帰りますね。
お礼に代えて、これからしばらく新鮮なお野菜をお城に届けますので」
ここまでエースに挑発され、もうご奉公が出来る空気ではない。
帽子屋屋敷から二度と出さないと言われているし、当分会うこともないだろう。
私はエリオットの腕の中で頭を下げる。
するとエースの瞳がスッと細くなった。

「それでいいのかい?君はエリオットが来てからずっと、怯えた目をしてたぜ?
そんなに三月ウサギを怖がっていて、笑顔なんて出来るわけないよな。あははは!」
それはまぎれもない嘲笑だった。

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