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■珈琲は一日三杯まで!

それでまあ、結局カフェで休もうということになった。
役持ちだからかどうか知らないけど、案内されたのは窓際の、眺めのいい席だった。
「さあ、どうぞ。メイド君」
「ど、ども……」
エースが椅子を引いてくれる。私はそこに座り、落ち着かなく外の景色を見た。
そして自分も椅子に座り、エースは、
「それじゃ、メイド君には俺がおごるよ。ケーキでも何でも頼んでいいぜ?」
お冷やを飲みながら、エースは私にメニュー表を渡してくれた。
……というか私の名前はナノなんですが。そろそろ名乗った方がいいのかな。
でも何となくきっかけがつかめず、私は普通に返答する。
「いえ、いいですよ。手持ちのお金くらい……」
そして青ざめる。
……無い。無一文だ。
だ、だって私の畑仕事はエリオットの出資で成り立っている。
なので野菜はお屋敷に献上し、余ったものは売ってもらう。
その売り上げは全部、エリオットに上納するように頼んでいた。
それについてエリオットに、いらないと言われたこともあるけど無視した。

……ちょっとくらい、自分のおこづかい用に確保しておくんだった。

いえ、生活全般が屋敷内で成り立っているし、どうしても必要なときはエリオットに
出してもらっていたから、自分だけの金銭を持つことがなくて……。
「おごってあげるよ?俺だけ飲み食いして、君はお冷やだけなんて言わないよな?」
「え、えと、えと……お腹は空いてませんので……」
ぎこちない笑顔でお冷やを飲む。あー、冷たくて美味しい(棒読み)。
「ダメダメ。男だけ食べて、女の子がお水だけって、俺をそんなケチな男に見せたいのかい?」
そして爽やかに片目をつぶる。
「おごらせてよ。ね?」
私は渋々メニュー表を開いた。そして目を見開く。

――こ、これは……!

私はゆっくりと顔を上げた。
「エース。私は何を頼んでもいいんですか?たくさん注文しても怒りませんか?」
メニューから顔を上げ、恐る恐るエースに確認する。エースはうんうんとうなずき、
「君の主人に任せてくれよ。好きなだけケーキを頼んで良いぜ」
エセくさく笑う騎士。ケーキに目の色を変えた、と思われてそうだなあ……。
「ありがとうございます。私は決まりました。エース、どうぞ」
私はニッコリ笑顔になって、メニューをエースに渡す。
エースはそれをザッと見て、
「俺は適当にランチセットでいいや。おーい!注文、頼むぜ!」
エースは店員を呼ぶ。そして店員が飛んでくる間に、またメニューを見て、
「このカフェはケーキの種類が多いな。でも、ケーキ以上に……」

「ええ。当店は珈琲の品数がすごいって評判なんです。カフェではなく珈琲専門店に
改名するべきだろうって、仰るお客さまも多いんですよ」

エースの言葉を聞いたのか、テーブルに来た店員さんはちょっと誇らしげに言う。
そう、このカフェの珈琲メニューは専門店もかくやという品数の多さだった。
エースは興味なさそうに、
「ふーん。俺はランチセットCで。メイド君はどのケーキにするんだ?」
「ええと、私はですね」
店員さんを笑顔で見る。私はどんな笑顔だったのか。
なぜか店員さんとエースが、ビクッとした気がした。
そして私は店員さんに重々しく言った。


「この店で出せる、全ての珈琲を注文します」


…………

…………

テーブルの上は珈琲カップに占領されていた。
「め、メイド君。そろそろ止めた方がいいぜ?顔色がちょっとヤバくなってるし」
「もう少しイケますよ……次は『こだわりマンデリンブレンド』……」
ブツブツ言い、メモを広げつつ珈琲を飲む。
「苦み強くも香気強し。苦いマメをさらにイタリアンローストして粗挽きに?いえ、
ブレンドの配合にこだわりを感じますね。つまり、あえて苦みを強調し、香りをより
引き立てている……店員さん、ブレンドの配合は企業秘密でしょうか?」
「してません、してません!後でレシピをお渡ししますから、もうお止め下さい!」
店員さんは悲鳴のような声を上げ、私が次の珈琲を飲むのを阻止しようとする。
とうにランチを終えたエースは、頬杖をついて非常に困った笑顔で私を見ている。
そしてメニューそっちのけで私たち……というか私をガン見しているお客さんたち。
しまいには奥から料理人さんたちまで出てきて、こちらの様子をうかがう始末。
けど私は珈琲のメモを取りつつ、次の珈琲に手を伸ばす。
「珈琲の×十杯くらいで大げさですよ。ちょっと口をつけただけでしょう?」
「いや、メイド君。何だかんだ言って、味のチェックでカップ半分は飲んでるだろ?
ええとカフェイン中毒になる量って、珈琲何杯分くらいだっけ?」
頬杖をつき、ニコニコと店員さんに言うエース。店員さんはほとんど涙目で、
「中毒どころか致死量まで行きますよ!お願いですから、飲むのを止めて下さい!」
なおも次を飲もうとする私を、店員さんが羽交い締めにする。
うう、顔なしさんでも不思議の国の人だ。力がけっこう強い……だが負けるか!
私は興奮して大暴れし、何とか次の一杯に手を伸ばそうとする。
「大丈夫です!!あと一杯!!あと一杯だけ飲んだら止めますから!!」
カフェインの作用で、半ば錯乱してわめいていると、

「酔っ払いは皆そう言うんだよな」
そう言ってエースが立ち上がった。

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