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■迷子の迷子のご主人さま

さて、私こと顔なし扱いの余所者ナノ。
いろいろがいろいろあって、ちょっとの間、エースにお仕えすることになりました。

……ていうか、時間がデタラメな世界だから期間を言わなかったけど、どれくらい
おつとめすればお礼をしたことになるんだろう。

私はエースに手を引かれ、クローバーの街を歩いている。
「街中で一方的に鍛錬を申し込むなんて非常識ですよ。まして仕事中の人に」
グレイの被った迷惑を思い、とりあえず私だけでも一言述べておく。
「気にするなよ、あれでもトカゲさんは喜んでるんだぜ」
あははと爽やかに笑う騎士。私はため息をつく。
「で、私はあなたにお礼がしたいのですが、どうお仕えすればいいですかね?」
「うーん、そうだなあ……」
今さらと思われるであろうが、これについて、事前協議は一切していない。
そもそも、私が一方的に押しかけたようなものだ。具体的にどのくらいの期間、何を
どうするかは全く話し合っていなかったのだ。エースも困ったように、
「俺はだいたいのことは城の顔なしにやらせてるしな。
やっぱり君の身体で返してくれればいいよ」
「それ以外のことでお願いいたします」
キッパリとな。
「というか、私がエリオット様と関係があるのは、あなたもご存じでしょうに」
「えー、ちょっとくらいイイだろう?
三月ウサギを落とした身体と技術に興味あるんだけどな」
イイわけあるか。道ばたで何を言ってるんですか、あんた!
……あと私は房中術でエリオットを落としたわけではないので。誤解なきよう。
私は、腰を抱き寄せてきたエースの手をはたいて離れる。
「命を助けていただいたことには感謝しますが、身体で返せと仰るなら、踏み倒し
ますよ?いえ、お礼を変更し、後ほど取れすぎた大根を贈るということで……」
帰ろうとすると、エースにさっさと手をつかまれる。
「あははは。それ、余った野菜を押しつけてるって言わない?」
「食べ物を無駄にするんじゃありません。大根を作った生産者のご苦労をですね」
「あははは……いや、君が作ったんだろう?」
何だかんだ言って、私は適度にエースと会話を弾ませ、街を歩いた。

その後、数時間帯ばかり話しあってみたものの、エースは×××の方向から、どうも
発想が離れず、私もいい加減うんざりしてきた。
「とりあえず、旅のお供ってことでいいですかね。荷物持ちや焚き火の着火、川から
水をくむことくらいは出来ますよ?」
らちが開かなくなって一方的に言うと、
「うんうん。身体もいいけど、旅の連れがいるのも嬉しいぜ!」
エースは社交辞令ではなさそうで、本当に嬉しそうに何度もうなずく。
「じゃあ、次は目的地だ。とりあえずクローバーの塔への大冒険に出るかい?」
「大冒険って。塔なんて真後ろに少々歩けばたどり着きますが……」
ちなみにクローバーの塔は、ちょっと振り返った先に見えております。

……え?

「な、なななな何で、私たち、まだクローバーの塔の近くにいるんです!」
思わずエースに叫ぶ。
確かクローバーの塔近くで、エースとグレイの鍛錬を目撃した。
そこからエースに引きずられ、かれこれ数時間帯以上が経過した。
普通なら他の領土にとっくについている頃合いだろう。
なのに場所をほとんど移動してないって……。
「あはははは。俺たちおんなじところをグルグルしちゃったみたいだね」
「…………」
絶句。実際に旅につき合わされて初めて分かる迷子癖。
まあ目的があったわけじゃないから、いいんですが……。
ただ、無性に徒労感がわいてくる。
「あれ?メイド君、疲れたかい?」
「はあ。心身ともに……」
するとエースはこりずに腰に手を回そうとし、
「それは良くないな。ならすぐに……」
「ホテルは入りませんよ?」
こちらも負けずに手をはたき、釘をさしておいた。
「あははは!俺がそんなことばっかり考えてる男に見えた?」
「なら、そこのホテルに固定されている、あなたの視線を外して下さい」
「あはははは!」
まったく。滑り出しから、とんでもないご主人さまだ。
――はあ、しばらくこの人に連れ回されるんですか。疲れそうだなあ……。

私は肩を落とした。

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