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■ついでにグレイとの出会い

そこは、クローバーの塔につながる、商店街の大通りだった。
その通りの一角に、会合でもないのに大きな人だかりが出来ていた。

「ちょっとすみません……ごめんなさいです!」
私は押し合いへし合いする人たちをかきわけ、どうにかこうにか最前列についた。
そして、見覚えのある役持ちを見た。

「散れ!これは見世物ではない!!」
群衆に解散を命ずる黒スーツの男性。この世界のグレイ=リングマークだ。
そして黒に剣をふるう、赤い影。言うまでもなく、ハートの騎士エース。
やはりというか、グレイはエースに絡まれ、鍛錬をさせられているらしい。
でも観客たちは役持ち同士の戦い、それも銃弾ではない剣の戦いが珍しいようだ。
集まりこそすれ解散する気配はない。野次を飛ばし、賭けまで始めている。
グレイは心底から迷惑そうな顔で、ハートの騎士エースの攻撃を流している。
そして戦いながら、なおも周囲に怒鳴る。
「そこの親子連れは下がれ!ナイフが飛んできても知らんぞ!そこの男ども!公道に
おける賭け事は、ナイトメア様の名において一切許可されていない!」
――こんなときでも真面目ですねえ、グレイ。
かといって、グレイはあまり余裕ではないようだ。
前の世界では軽々とエースを圧したグレイ。
でも今は大勢の観客に囲まれ、集中が難しいようだ。
けれどエースは一切手加減をしない。
「あははは。顔なしのことなんか気にするなよ。外で鍛錬なんて、爽やかで健康的
だよな、トカゲさん!」
楽しそうだ。心底から楽しそうに、グレイに大剣を叩きつける。
「くそ、このガキ……!」
集中出来ないとはいえ、グレイも決して負けてはいない。大剣の全力の一撃を片手の
短剣だけで受け止める。鼓膜に痛い鉄の音。見てるだけで腕がしびれそうだ。
「調子に乗るな!一気にカタをつけてやる!」
グレイはコートを翻し、トカゲのように身を低くしてエースに斬りかかる。
「あははは!そう言うけど、まだまだ集中し切れてないぜ、トカゲさん!」
エースは嬉々として、グレイの渾身の一撃を流し、逆に敵の首を狙い、剣を一閃。
それさえ、いっそ優雅な身のこなしでかわすトカゲの補佐官。
私の周囲も大盛り上がりだ。
「いいぞー!やれー!ハートの騎士をぶっつぶせー!」
「キャー!グレイ様ー!がんばってくださいー!」
いちおうグレイは人望があるらしい……。
でも当のグレイは、いっそう不愉快な顔になっただけだ。
そしてその怒りを騎士にぶつけんと決めたのか、重いナイフを構え直す。
エースは笑顔のまま、緋の瞳をさらに赤く染めて、彼も剣を構える。
そして赤と黒の影が地を駆ける。

飛びかかる赤き獣と黒の爬虫類。重い剣の音。わき上がる歓声。

――て、呑気に実況してる場合ですか、自分!
まあ無駄だろうと知りつつ、猛然と剣を交わすエースに、いちおう呼びかけとく。

「エース!」

エースがピタリと止まった。

…………

――は?

いや、本当に斬りかけた姿勢のままで動きを止めた。普通、大剣を持って斬りかかる
瞬間に、停止ボタンを押したように動きを止められるものなんだろうか。
か、慣性の法則がないのか、この人は!?

でも、とにかくエースは私の声で止まった。

そしてグレイは……さすがにエースの停止は予想外だったようだ。
そのまま攻撃すればエースを切り裂けただろうに、集中出来なかったこともあってか
攻撃がわずかにブレて、エースをかすめる。
でも第二撃には移らず、攻撃を中止し、これまた爬虫類の素早さで後ろに飛びすさり
ナイフを構えつつ間合いを取る。
これら全て、ほんの数瞬の動きだった。

でも、エースはグレイを構わず、さっさと剣を鞘に収めてしまった。
そして私を向き、嬉しそうに笑った。
「やあ君か!久しぶりだな、メイド君!俺に会いに来てくれたんだ?」
つい数秒前まで、トカゲの補佐官と全力で戦っていたとは思えない、普通の声。
私は少し顔を引きつらせながら、
「ええと、まあそうですかね、エース……」
「あははは!今回の旅は運がいいぜ!君から俺に会いに来てくれるなんて!」
うう、周囲の注目が痛い。
けどエースは、さっさとこちらに歩いてきて、私の頭をなでる。
うわ。あれだけ運動していたのに、間近で見る騎士は汗一つかいてない。
この世界の人たちは本当に、化け物並みの体力だなあ。
そしてエースは私をじっくりと見下ろし、
「あれ?前より表情が明るくなってない?不幸になってないなんて残念だなあ」
と、シャレにならないセリフをほざく。私はエースの手を払うように頭を下げ、
「お久しぶりです、エース。お約束通り、おつとめに参りました」
……というか、呑気に会話している間、グレイがじっと私を見ている。
もちろん親しげな表情ではなく『誰だ?あの顔なしは?』と、かなり不審そう。
彼とは道で一回すれ違ったんだけど、記憶にも残らなかったらしい。
そしてエースは鍛錬のことを完全に忘れたらしい。
「あははは。君って、義理がたい子だな。でもこれで当分退屈しなくてすみそうだ。
それじゃあ二人で冒険の旅に出ようぜ!」
そう言って、私の手をつかんだ。
「わ、ちょっとエース!」
「はいはい。どいたどいた」
エースは私たちに注目する観衆をかき分け、先にたって歩き出した。
「ちょっとエースってば!」
「おい、君……」
引きずられていると、後ろからグレイに話しかけられた。
振り向くと黄色の瞳と目が合う。
赤の他人、顔なしとして私を見ているグレイの目。
「…………」
本音を言えば返答したい。前の世界ではとてもお世話になった人だ。
お近づきになり、今の状況をいろいろ相談したい。

……でも、やっぱり関わり合いになっちゃダメです。

知り合えば、いずれは彼に多大な迷惑がかかってしまう。
私はそれを知っている。
だから私は聞こえなかったふりをして、グレイに背を向けた。
「はいはい、ご主人さま。どこでもお供しますから行きましょう」
「あはは。適当な返事だなあ、メイド君。さあ、壮大な旅に出発だ!」
「おい、騎士!」
唐突な幕引きに、喜ぶよりは戸惑ったようなグレイの声。
「トカゲさん、悪いけど俺、この子と旅に出るから!
また鍛錬につきあってくれよー!」
私の手を握りながら振り返って、手を振るエース。
そして呆気に取られた様子のグレイはどんどん後ろに遠ざかっていく。

こうして、私はエースと再会を果たしたのだった。

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