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■ペーターとの出会い・下

バラの迷路の中にお茶会の席が設けられていた。
そこにはペーターと見張りの兵士数人、あと紅茶係らしいメイドさんたちがいた。

「どうです?」
ペーターは、私が淹れた紅茶をメイドさんに飲ませる。
彼自身は食べ物や飲み物の味が分からないからだ。
私はお借りしたエプロンをつけ、緊張でおかしくなりそうだった。

ペーターにここに連れてこられた。そして疑わしげに、あるいは敵意混じりに私を
見る人たちの前で紅茶を淹れさせられた。
最大限に腕をふるったつもりだったけど、どうなんだろう。
何より、私の腕は本当に通じるものなのか。ボスからは好評価だったけど……。
もしかすると、前の世界では余所者補正が入っていたのではないだろうか。
本当はつまらない味、淹れ方なのに、余所者だから美味しいと言ってくれただけで、
実はろくな腕前ではなかった……とかではないだろうか、と。

紅茶係らしいメイドさんは、同じ係らしい、他のメイドさんにもそれを飲ませる。
そして、互いに顔を合わせ、ひそひそやっていた。
そんなに短くないのに、胃が溶けるほどに長い時間に思われた。
やがて意見がまとまったのか、彼女たちは顔を合わせてうなずき、ペーターに言う。

「ホワイト卿。私どもの結論ですが、味、色、香り、淹れる手つきから言って彼女が
帽子屋屋敷の紅茶職人ということに、間違いは無いでしょう」

「少なくとも、スパイが一朝一夕で身につけられるものではありません」

「また帽子屋の主が、この腕前の者を、潜入工作に使う可能性も低いと思われます」

私はホッとして、膝の力が抜けるかと思った。
同時に嬉しい。私は帽子屋屋敷の顔なしと思われている。
メイドさんたちが評価を手加減するはずがない。
だからなおさら嬉しかった。

ペーターはさっさと私に興味を失ったようだ。
「ならさっさと失せなさい。城にでもどこにでも行ってババ……陛下にお目通りを
願って下さい」
「は、はい。ありがとうございます」
私はペーターに頭を下げる。けどペーターはもう私の存在を忘れたように背を向け、
「全く……自分でスカウトしておいて紹介状もつけないとは。
あのババアには後でちゃんと言っておかないと……」
ブツクサ言いながら、どこかに歩き出す。
まあ城につくまでは忘れてしまうだろう。
それに私の紅茶騒ぎで、さっきの兵士さんの処刑のことも忘れてしまったようだ。
助かった兵士さんがホッと力を抜き、周りの兵士さんたちも『良かったな』と彼に
目配せをしている。
――本当に良かった……。
「それじゃ、私はこれで!」
私はメイドさんや兵士さんに変に顔を覚えられないよう、声をかけられる前に頭を
下げ、足早にお茶会の席を後にした。
「あ、ちょっと、あなた。そっちは城の外よ?女王陛下に会うんじゃないの!?」
戸惑ったようなメイドさんの声は無視して、バラの迷路を駆け抜けた。

「しばらくはお城に行けませんね……」
そして私はトボトボと林の道を歩くのだった。
ペーターの記憶力は定かではないけど、万が一女王陛下に私のことを持ち出し、嘘が
バレたら。次に会ったときは銃弾が頭を貫通するだろう。
「かといって、この国をくまなく歩き回るのはちょっと……」
私はインドアだ。いくら狭い国とはいえ、一人のために大冒険なんかしたくない。
それにエリオットや私の畑の様子も気になる。
「一度お屋敷に戻りますか。ディーとダムに、騎士が迷い込んできたら伝えるよう
頼むことにして」
私はそう決めてうなずく。帽子屋屋敷に帰ろう。
「ん?」
そこで足が硬いものを踏む。道の舗装に使う敷石だ。
「あら?」
林の中を歩いていたはずが、街に出てしまったようだ。
周囲には平和な街並みが広がっている。
そして道の向こうに、クローバーの巨大な塔が見えた。
「あらら」
騎士のことをとやかく言えない。
ボーッとしていて、クローバーの領土まで出てしまった。
これでは方向が全然違う。
「…………」
私は塔を見る。
夢のことだから記憶はハッキリしない。
でも私は一度だけ夢魔にあったような気がする。
あれは単に夢魔の夢を見ただけだろうか。
それとも本当にこの世界の夢魔が会いに来たんだろうか。
――とりあえず、一度あいさつに……。
足が塔の方を向きかけ、そして止まる。

「別に、会う理由はないですよね」

私はこの世界では顔なしとしてやっていく。
だから役持ちに用は無い。自分から役持ちと接点を持ちたいとも思わない。
「帽子屋屋敷に帰りますか」
エリオットと私の畑が待っている。
クローバーの塔に背を向け、私は歩き出し――

「街中で剣を振り回すな!俺は外回りの最中だと言っているだろう!!」
「あはは!街で会うって運命だぜ。だから鍛錬につきあってよ」
「鍛錬につきあう運命などあるかっ!八つ当たりもいい加減にしろ!!」
「冷たいこと言わないでくれよ。俺とトカゲさんの中だろう?」

剣がぶつかる音が聞こえた。
足下が揺れる錯覚を起こすくらい、大きな音。
場所は近い。

「…………」

背を向けたい。猛烈に背を向けたい。
だけど目指すものは、あの喧噪の中にある。

深く深くため息をつき、私は声の方向へと向かった。

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