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■ペーターとの出会い・上

道中、エースに会うこともなく、私はハートの城の領土に入ってしまった。

「相変わらず見事な庭園ですねえ」
私はバラの迷路をてくてくと歩き、とりあえずハートの城へ向かう。
エースのメイドさんとして働くために。
――頭痛がいたします……。
ああ、勤める前なのに帰りたい。
というか、それ以前に『ご主人さま』を見つけるのが困難だ。
「首尾良くお城にいるといいんですが……あれ?」
私の目が人影をとらえた。

「も、申し訳ありません、ホワイト卿!」
「顔なしの分際で僕にぶつかるなど……」
何やらトラブルがあったらしい。尋常ではない雰囲気だ。
私は素早く動き、生け垣にこっそり隠れた。そしてそっとのぞいてみる。

そこには、何かをひたすら謝る兵士さんの姿が見えた。
それを冷たく見るのは数人の兵士を従えた『白ウサギ』ペーター=ホワイト。
冷たく、人を全く寄せつけない雰囲気。冷血宰相という言葉が似合う。
「本当に申し訳ありません!バラの手入れに気を取られておりまして……」
ハートのお城の兵士さんは平身低頭だった。
けどペーターは土下座せんばかりの兵士さんに、まっすぐ銃を突きつけていた。
「雑菌を僕につけた罪は万死に値する……」
兵士さんは真っ青な顔でガクガクしている。
――わ……ど、どうすればいいんですか!
私も青くなった。前の世界なら、私が出て行くだけで問題は解決した。
でも、この世界では私とペーターに接点はない。
何もせず、人の時計が目の前で止まるのを放置するなんて出来ない。
けど出て行っても、説得以前に私が撃たれて終わりだ。
――ど、ど、どどうすれば……。
止められる人がいない。例えこの場にエースや女王陛下が出て来ても同じだ。
見捨てるしかないんだろうか。最低最悪の選択だ。けど、今の私は何も……。
オロオロしていたら、バラの茂みに私の手が触れてしまった。
小さく、小さく、茂みが揺れる音が出る。

「……コソコソと茂みに隠れているそこの奴。出て来なさい」

……最悪の展開だった。いえ、人を見捨てようとした罰なのかもしれない。

仕方なく茂みから出ると、ペーターは不快そうに眉をひそめた。
「顔なしの小娘ですか。薄汚い格好を……見るからに雑菌まみれですね」
「は、はあ」
薄汚いとは失礼な!
「まあいい。そこに立ちなさい」
「はい……」
失態を犯した兵士さんの横に並ばせられ、私は冷や汗をだらだらかく。
ペーターの私への視線は、まるで道ばたの石ころを見ているよう。
何かを期待していたワケではないけど、この世界のペーターは、私に全く関心がない
みたいだ。私が余所者ということも分からず、今にも銃が火を噴きそうだ。
「顔なしの娘。街の役なしが舞踏会や特別な用事以外で、ここに立ち入るのは許可
されていない」
「す、す、すみません!今すぐに出て行きますから!」
「出て行く必要はない。陛下の庭への不法侵入は、裁判なしの死罪に相当します」
うわ、今度は銃口が私を狙う。私は慌てて叫んだ。
「わ、わ、私は街の者ではありません!帽子屋屋敷の所属で……」
「帽子屋ファミリーの!?」
「スパイか?昼間から堂々と……!」
今度はペーターの後ろの兵士さんたちが、敵意をあらわに私を見る。
うう、そういえば敵対領土だったっけ。馬鹿だ。口を滑らせた。
やっぱり領土の外でエースを探すんだった。
「待ちなさい。スパイなら馬鹿正直に自分の領土のことを話さないでしょう」
ペーターが兵士を制する。馬鹿正直でごめんなさい。
でも、それが逆にペーターの気を引いたようだった。
「さて、顔なしの娘」
「は、はい!」

――い、生きなくちゃ。どんな手段を使っても……。

とにかくペーターの興味をつながないと。
「そ、そうなんです。帽子屋屋敷の者ですが、大事な用事があって……」
「ああ、やっぱりどうでもいい。しゃべるな。仕事を増やされるのは面倒です」
興味失せるの早!
「こちらの兵士も処刑するし、目障りだ。死……」
ペーターの指が引き金にかかる。私は悲鳴のように絶叫した。

「私を撃つと後悔しますよ!女王陛下が直々にスカウトされた紅茶職人ですから!」

「何?」
ペーターが指を止めた。

「それは本当ですか?顔なしの娘」
疑わしげだ!口から出任せを言ったと思われている。それで正解ですけど!
「ほ、ほ、本当ですよ!元は帽子屋屋敷でボスに紅茶を淹れていましたが、女王陛下
に、たまたまお淹れする機会があり、その際に熱心な勧誘を受け……」
うう、人間、命が危ないときには嘘八百がベラベラと出るものだ。
「そんな話は聞いていません。もう少し見え透いた嘘をつけばいいものを」
バレてるし……ペーターはますます不愉快そうに、
「僕に嘘をついた罪、女王陛下への不敬罪も追加ですね。だが帽子屋屋敷の者だと
言うし、面倒だが処刑を止めて拷問に変更……」
「私の紅茶を飲めば分かりますよ!拷問をして、私が二度と動かないなんてことに
なれば、女王陛下はあなたにヒステリーの雨を降らせますよ!?」
『ヒステリー』という言葉に、ペーターは顔をしかめた。
「そこまで言うなら、試しに一杯淹れてみなさい。
だが、もし嘘なら。即、その薄汚い顔を撃ちます」

だからレディに薄汚いとか言わないで下さいよ。

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