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■料理は出来ません!

「♪」
ガッシガッシとポンプ式井戸(ト〇ロに出てきたみたいな井戸)のハンドルを押す。
しばらくして、きれいな水が吹き出し口からザバーっとあふれた。
「♪♪」
私はその中にお野菜を放り、ガシガシ洗っていく。
いやー、井戸が出来てから本当に生活が楽になった。

小屋の外は、月明かりがきれいだ。
私は暖炉にあたりつつ、野菜を焼いている。
暖炉の火は、パチパチと、いい音を立てて燃えていた。
「そろそろですかね……」
火の中から火かき棒で野菜をかき出した頃、小屋の扉が開くいた。
入ってきたのはエリオットだ。私の顔を見ると、少しぎこちない笑顔を浮かべ、
「ナノ、元気そ……」
「エリオット。パン下さい、パン」
私は三月ウサギの言葉を適当に聞き流し、手を出す。
「…………おまえなあ。俺の顔みるたび、条件反射みたいに食い物を要求するクセを
何とかしろよ。歓迎しろとは言わないが、こう、あいさつとか……」
私は首をかしげ、
「いらっしゃい、エリオット。パン下さい、パン」
「…………」
エリオットは渋い顔で、私に食料袋を放り投げる。
「わ、わたっ!」
私は危なっかしくそれを受け取り、嬉々としてニンジンブレッドを出した。
エリオットはやれやれ、と頭をかいて、私の方に歩いてきた。
そのエリオットに、私は火かき棒に突き刺さったジャガイモを差し出す。
「ジャガイモがよく焼けていますですよ」
直火ではなく、暖炉の隅の、燃えかすの余熱で焼いた物。
何もつけなくとも、すごく美味しいのです。
「…………」
エリオットは半眼で火かき棒を受け取る。そして刺さったジャガイモを少し冷まして
から取って、半分に割る。湯気の立った美味しそうなジャガイモだ。
エリオットも少し惹かれたのか、一口かじり……
「あ、熱っ!」
と、持ってきたミルクの瓶を開け、中をあおった。
うーむ。表面の温度は逃げても、中はアツアツだったらしい。
しかしミルク強奪を見逃さず、私はニンジンブレッドを休まずかじりながら、
「エリオット(もぐもぐ)それは私のミルクです。飲んだ分だけ(もぐもぐ)追加を
持ってきてください(もぐもぐ)」
「舌をヤケドしたんだよ!それと、食いながらしゃべるなっ!あとセコすぎだろ!」
私に抗議とツッコミを一気に怒鳴り、ふいにニヤッと笑うと、
「ああ、ここでミルクの追加分をくれてやってもいいぜ。俺の……」
セクハラウサギには、暖炉から取り出したるサツマイモを放り投げておいた。
かくして、小屋の中には盛大な悲鳴が上がったのであった……。

「まあ、食い物がちゃんと作れるようになったのは結構な事だが……」
床に座り、甘いサツマイモをかじりながらエリオットは言う。
私はエリオットの横で、ゴッツンされた場所を涙目で撫でていた。
「井戸を作っていただいたおかげです。水がすぐ手に入れられるようになって、
農作業どころか生活全体が、とてもとても、楽になりました」
いやー、水資源の大切さを思い知った。手の届く場所に水のある喜び!
「まあ、それならいいけどよ……」
エリオットは私が次に出した焼きインゲンをかじる。
「ああ、ニンジンはもう少しで出来ると思います。ちょっと肥料に懲りすぎて何度か
枯らしてしまったので。あ、焼き里芋もいかがです?」
「あ、ああ……」
次々に暖炉の中から出てくるお野菜をかじりながら、エリオットは言った。

「なあ、おまえ、料理は出来ねえのか?」
瞬間、私は止まった。

『なあ、おまえ、料理は出来ねえのか?』

『なあ、おまえ、料理は出来ねえのか?』

『なあ、おまえ……』

…………

「い、いや。何で固まるんだよ。水があるから、そこそこのもんは出来るだろ?
せっかくメシを豪華にしてやったのに、結局、裏口には顔を出さねえし。
それに、たまには焼き野菜だけの食生活から変化をつけてだな。
何なら俺が調味料を持ってきてやるから、今度の夜の時間帯に、俺に手料理を……」

「……命の保証をいたしかねます」

悲壮な表情で言うと、エリオットは珍しく吹き出した。そして少し嬉しそうに、

「お、おまえもまた冗談を言うようになってきたな。でも自虐にもほどがあるぜ」
「冗談ではありません。事実です」
またも真面目に言う。エリオットは安堵の顔で私の頭をくしゃっと撫で、
「いや、野菜を作ったり出来るんだから、料理も出来るだろう?
おまえの料理なら多少下手でも全部食ってやるからさ」
……エリオットが食べるものを私が?
「余計に出来かねます。エリオットのお命に関わりますゆえ」
エリオットはニヤニヤと、
「何だ?砂糖と塩を間違えるとか、肉が生焼けだったり焦がしたりする、とかか?」

「卵から三硝酸グリセリンと化石燃料を精製します」

「…………」
マフィアであるエリオットには分かったようだ。
三硝酸グリセリン。通称ニトログリセリン。ダイナマイトの主原料。
「い、いや、どう考えても化学式の符号が合わねえだろ!
有機物がどうやったら硫酸やグリセリンになるんだよ!」
エリオットのくせに化学的なツッコミが入ってきた。私は重々しく、
「愛と勇気と希望の力です」
真実は一つ。私は料理が出来ません!
「……………………」
エリオットが真剣な顔で私の額に手を当てる。
そして私の目の前で指をちょっと振る。私がそれを適当に目で追ってると、
「……ま、いいか。メシくらい使用人に作らせれば」
そう言って私を両腕で抱っこして、ベッドに向かう。私はジタバタと、
「本当ですよ?私、本当に卵から石炭を作ったことがあるんですよ?」
「分かった分かった。ベッドで可愛がってやるからな」
「私を怒らせると怖いんですよ?
ゆで卵を作ろうとして厨房を吹っ飛ばしたことがあるんですよ?」
「そうかそうか、良かったな。痛くしねえから安心しろ」
と、私をフワリとベッド(羽毛布団に買い換え済み!)に下ろすと、ゆっくり抱き
しめてきた。そして唇を重ねる。
「ナノ……」
「……ん、エリオット……」
触れられたとき、強ばったのは一瞬だけ。
言ったとおり、エリオットの手はとても優しかった。
私の反応を見ながら、触れて欲しい箇所に、焦らすように触れる。
「ん……んん……む……」
苛々が、何だかスネたような響きになって喉から出る。
エリオットはそれに苦笑しながら、私の身体に強く深く触れてくる。
私の喉からも、少しずつ甘い喘ぎ声がもれ、大事な箇所が潤ってくる。
それを指で愛撫しながら、
「良かった……ありがとうな、ナノ」
エリオットがしみじみとそう呟いた気がした。
けど、私は快感を追うのに頭が行って、よく聞こえなかった。

夜の時間帯はゆっくりと、穏やかに過ぎていった。

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