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■クローバーの塔殺人事件4

そして談話室に絶叫が響いた。
「ナノ!まだここにいるのなら、どうしても最後に言わせてほしい!
俺は君を本当に……本当に……心の底から……っ……」
「君はどうあっても私の物だ……逃げ切れると思うな!」
「何か、言い残したことや、やり残したことは?私が……出来る限り……くそ……」
ただ一人、未だに笑っているエースが、
「猫くん、ナノはどこを飛んでる?」
「う、うん、今は俺たちの前をふわふわ漂ってる。何か困ってるみたい」
ボリスの視線を追うように、みんながこちらを見るから落ち着かない。
――え、ええと……どういう反応をすれば?
やっぱり『行く』べきですか?
まあ未練たらたらだけど、こうして『送り出されるモード』になると、下手な醜態は
晒せないかなー的な気分になってくる。
――行くべき?きれいに行くべき?
定番ネタなら、みんなに見守られ、静かに空の向こうに去るものなんだけど。
どうしよう、どうしよう。
「ナノ!最後にどうしても知りたい!君はいったい誰を愛していたんだ!?」
混乱して、グレイの言葉も耳を素通りする。
でも抵抗がある。というか、物の本には、懐かしい人が迎えに来るとか、光の道が
見えるとか書いてあった気がするんだけど、誰も来ないし何も見えないし。
……私、人望ゼロですか?
――未練があるのがいけないんですかね。
未練がある相手は……いるにはいる。復讐したい、可能ならば祟りたい相手。
「ナノ!教えてくれ……!」
「お嬢さん……」
何かみんなが妙な懇願モードになってる。
そうですかそうですか、犯人を知りたいですか。
私の中に黒い笑みが浮かぶ。グレイが何か言った気がするけど聞こえない。
……私はふわふわとエースのもとに行き、周囲をぐるぐる回る。
――みなさーん!こいつが犯人ですよー!
いえ、知りませんが。自分がこうなった犯人なんて知りませんが。
しかし、当人の訴えなら疑う者もあるまい。まさに完全犯罪。
私がこうなってからも一貫してヘラヘラしてるのが気にくわない、というわけじゃあないですよ?
「え……エースなのか……?」
ボリスが私の意思を伝えてくれたのだろう。
ユリウスが呆気に取られたように、エース(というか私?)の方を見る。
まあ親友が犯人なんだからショックなんだろう。悪いことしましたかね。
「俺は仕方ないと思っていたが、時計屋でさえなく、よりにもよって……」
グレイは悟った表情で言い、静かにナイフを抜く。
――あ、違います!エースに復讐しろとまでは……!
ブラッドは再び無表情になり、ステッキをマシンガンに変えた。
そしてボリスも。はっきりと私を見ながらも銃を抜く。
――う、うわ、こんなことになるなんて……私の馬鹿馬鹿馬鹿っ!
自分の軽率な行動に猛反省しても、もう遅い。
ユリウスは未だに態度をはっきりさせないけれど、エースの味方になるわけでも
ないようだ。私は慌ててエースの回りをもっと早く飛び、
――エース!冗談で濡れ衣を着せて本当にごめんなさいっ!早く逃げて……!
けれどエースは動かない。
ただ、さっきと違って笑顔を消している。
そしてボリスに、
「猫くん。彼女、今どこらへんにいる?」
「あ、ええと……あんたの目の前。とにかくグルグル飛び回ってる」
すると、エースは腰の剣を抜き、ゆっくりと地面に転がした。
重い金属が落ちる音が、談話室に反響する。
「エース……!」
ユリウスの驚愕した声が聞こえる。
……というか、何か食い違ってる気がするんだけど気のせいかな。
そしてエースは、少し顔を上げ、ちょうど私が漂っているあたりに微笑む。
その笑顔は、さっきと違い、本物の笑顔のように見えた。

「君が俺を選んでくれたんだ。ついていってあげるよ、どこまでもね」

――エース……?

グレイはエースの言葉にハッとしたようにナイフを下げる。
けれどボスの表情には一片の乱れも無い。
「最期の言葉はそれだけか」
マシンガンは今にもエースを蜂の巣にしようとしていた。
ユリウスがようやく懐から銃を出し、ボリスも続く。
でももう遅い。
エースは誰のことも見ておらず、私の方に手を伸ばす。
どこまでも澄んだまなざしで、本当に嬉しそうな笑顔で。

「君となら悪くない。一緒に行こうぜ、ナノ」

――エース……。
私は、エースから見えないと知りつつ彼に手を伸ばそうとし……

「ナノ。悪い悪い!そのままにしていたな!」
あまりにも軽い声が談話室に響いた。

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