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■水の話と謎の踊り・下

「ちゃんと休んでおけ。裏口に食料も取りに来いよ」
「はい……」
どうにかこうにか奉仕が終わり、エリオットが立ち去る。
私もまた、ヨロヨロと立ち上がった。
でも向かうのは小屋ではなく畑だ。

水まきの最中だし、雑草だってまだまだこれから取らなくてはいけない。
桶を乗せた台車までたどり着くと、桶にわずかに残った水で汚れた箇所を清める。
そしてゆっくりと台車を引っ張っていく。
でも何歩も行かないで、また倒れてしまった。
「…………」
けど、また立ち上がる。で、また転ぶ。
「?」
地面でうごめいてると、何だか見られている気がして振り向いた。
エリオットが、道の向こうから私を見ていた。舌打ちして、こちらに歩いてくる。
「…………」
怖くて、さっきのようにギュッと身体を丸めた。
それきり目を閉じてしまう。
あ……また眠くなってきた。

…………

目を覚ますと、私はお布団の中にいた。
隣ではエリオットが寝息を立て、また腕枕をされている。
エリオットは上半身裸で、私は下着姿で……。
「っ!!」
身体を強ばらせ、少し身を引く。
そして思い出す。
――お水!雑草!
急いで、外に駆けていった。
そして一目散に畑に走って行く。
外は月夜だけど、関係ない。月明かりを頼りに、見える箇所だけでも雑草を。
――あ、あれ……?
だけど雑草がなかった。どれだけ目をこらしても、一本も見当たらない。
私は戸惑って地面に触れる。
あれ?土も湿っている。誰かが水をまいてくれたのかな……誰が?
キョロキョロしていると、畑の入り口に見慣れないものが目に入った。

これは……!

見た物が信じられず、混乱して右往左往していると、後ろから声がした。
「前のままだと、おまえは俺の相手もちゃんとしないし、メシも食わねえからな。
だから作らせた。雑草と水やりはそのついでに、やらせておいたぜ」
振り返ると、畑の入り口にエリオットが立っていた。

そう、私が見た物は井戸だった。

といっても、くみ上げ式ではなくト〇ロに出てくるような手押しポンプ式だ。
それにしてもいったい、いつの間に。
「おまえはずっと寝てたからな。その間に終わったぜ」
そんなに長く!?確かにろくに食事も休憩も取っていなかったけど……。

そしてエリオットが近づき、私はビクッとする。
でも三月ウサギは上に何も着ないでとても寒そうだ。
それがどうも気になり、彼が近づいて来るまま、立ちすくんでしまう。
「ナノ……」
エリオットが私を抱きしめる。
思ったよりエリオットの身体は熱かった。
その手が身体を伝い、ここで抱かれるのかと、私は少し身を固くする。
「!?」
エリオットは両手で私を抱き上げた。久しぶりのお姫様抱っこである。
「だから体力の限界まで仕事をしたり、下着一枚で出て行ったりするな。馬鹿」
「…………」
「もう、あんなにひどいことはしねえからよ……」
唇が下り、キスをされる。
小さく心臓が高鳴り、寒いのに顔が赤くなる。
――『寒いのに』……?
あ。自分を見下ろすと、確かに下着一枚だった。さ、寒い!
本能的に暖を求めて、エリオットに身を寄せる。
「……っ」
するとエリオットが驚いたように私を見た。
そういえば、関係を持たされてから、エリオットの方から私に近づくことはあっても
その逆は……命令されたときとハートの城から帰ったとき以外はなかったっけ。
離れようとするけど、抱き寄せられる。

「ナノ……おまえが好きだ……」

月明かりの中、畑のど真ん中でエリオットは私を抱きしめる。
「だから……頼むから……俺のことを……」
それ以上は言葉にならないみたいだった。
顔に垂れた耳が触れ、少しくすぐったい。
私は、何だかエリオットが泣いているような気がした。

…………

空は快晴である。
エリオットが後ろで見守る中、私は井戸のポンプを押す。
「…………」
押す。ひたすらポンプを押す。うう、サ〇キは軽々とやってたけど、これ、結構力が
いる。ポンプの位置も高いし……でも川から水を運ぶことに比べたらどれだけ楽か。
ギッコギッコと、サツ〇ちゃんの要領でひたすらポンプを押し、水圧を加え……。
「っ!!」
吹き出し口から、きれいな水がザバーっとあふれ出した。
透明な水しぶきが小さく虹を作る。
「…………」
地面に膝をつき、水に手を浸すと手の間をサラサラと流れていく。
あれだ。ヘレン・ケラーの『water!』のシーンだ。
でも、しばらくすると水は止まってしまった。
私は井戸の前でしばらく首をかしげた。どうしていいか分からない。
そして、とりあえず立ち上がって踊ることにした。
さながら村に初めて設置された井戸を見た、干ばつ地域の人たちのごとく。

「……おまえ、馬鹿だろ」

無表情でゆらゆらと謎の踊りを踊っていると、後ろからエリオットの呆れた声が聞こえた。

ほんのちょっとだけ笑ってるみたいだった。

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