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■水の話と謎の踊り・上

不思議の国はすごいところだ。川の水は清浄で無尽蔵に使える。
台風や干ばつといった自然災害とも無縁だ。
植物の生長もすごくて、ほんのわずかな時間帯で、芽が出て実がなる。

……代償として、雨が降らない。雑草の生長も凄まじい。

「…………」
日差しの中、ヨタヨタと台車を押す。
台車には水いっぱいの桶(おけ)がいくつも乗っている。いつもの水まきだ。
川から畑までの距離。近いわけじゃないけど遠くもない。

「はあ、はあ……」
やっとのことで畑まで来て、汗をぬぐう。麦わら帽子をかぶり直し、台車から桶を
一つ一つ下ろす。そしてじょうろに水を移し、均等に水をまいていく。
……簡単に言ったけど、けっこう重労働っす。
そして私のぼんやりした目が、忌々しい雑草をとらえる。
まずいなあ。数時間帯のうちにまた成長が早まってる。
早く水やりを終わらせて雑草を抜かないと。

私の畑は、未だにまともなニンジンが出来ない。
呆れるくらいに失敗を繰り返し『水やりと雑草取りが中途半端だから』という結論に
達した。成長の早すぎる雑草に養分を吸い取られてしまうのだ。
で、まあ壊滅状態だったニンジン畑は泣く泣く全部引っこ抜いて、種からまき直し。
お茶の木は伸びきった枝を再度、剪定(せんてい)して、マメに雑草を取っている。
――とにかく、もっとしっかりやろう。そして今度こそ……。

今度こそ、何だろう?
今さらまともな作物が出来て、誰かほめてくれるんだろうか。
エリオットはもうニンジンなんてどうでもいい感じなのに。

私は再び桶をかたむけ、じょうろに水を補充する。
そしてたくさんあった桶の水は悲しいほどすぐ無くなる。
早く次の水をくんでこないと。そして速やかに水まきを終え、雑草を取って。
私は空になった桶を台車にのせ、再び台車を押そうとし……コケました。
――ドジしました。立ち上がらないと……。
私は地面に手をつき、何とか起きようとする。
でも起きられない。うう、お腹空いた。
で、地面で芋虫のようにもぞもぞしていると、
「当てつけのつもりか?疲れたフリなんかしてよ」
「っ!」
誰の声かは見なくても分かる。私の冷淡なご主人さまだ。

あれから前と比べて劇的に何か変化したわけではない。
エリオットは、以前のような明るいエリオットに戻っていない。
私もエリオットに未だに笑顔を見せない。

ただ、多少は状況が良くなった。
外で時間帯を構わず強要されることは、ほとんど無くなった。
また、多少は私の畑作業を認めてくれるようになり、私が畑で働いているときは、
作業が一段落するまで、畑の近くで待っていてくれる。

『あの……それでハートの城にときどきエースの手伝いを……』
と撃たれる覚悟で、”ときどきエースの手伝いをしたい”と打ち明けると、
『世話になったんだから、かまわねえ。軍事情報をちゃんと盗んで来いよ』
驚いたことに許可(?)された!

エリオットは意図的に譲歩してくれている。
ありがたい。大変ありがたい……が、私はその気持ちを態度に表せない。
彼にされたことの恐怖がぬぐえず、未だに抱かれると強ばってしまう。
エリオットからすれば、譲歩している割に私に変化がないのが不満なんだろう。
私たちは未だにギクシャクしていた。

で、何か腹に硬い感触が……と思ったらエリオットのブーツだった。
物みたいに転がされ、上を向かされる。
そこには怖い目をしたエリオットがいた。
「どれだけ裏口に顔を見せてねえんだ。食事も良くしてやっただろう」
何の話だろう……と内心で首をかしげ、思い出した。

私に支給される食事は、かなり豪華なものに変わっていたのだ。
これもエリオットからの、無言の譲歩の一つらしい。
仮にもNO.2の女。パンとスープだけはまずい、という名目だそうな。
でも、私は献上以外の用事ではあまり顔を出さなくなっていた。
農作業が改善され、作物がまた取れるようになったのも原因の一つだ。
お腹が空いたら作物をゆでるか、暖炉の炎で温めて食べてすませる。
ときどきエリオットが来ては押し倒され、彼が帰ったらすぐ畑に向かう。
確かに私は食い意地が張ってるけど、それは食べ物が目の前にあるときの話だ。
う、うん。栄養が細りますよね……。
「おい、立てるだろう?」
「…………」
はい、と答えようとしたけれど声が出ない。ヤバイ。また食べ忘れてた。
何とかしようと動いていると、だんだんとエリオットの空気が冷たくなっていく。
エリオットの頑丈そうなブーツはすぐ目の前にある。
――蹴られたら痛そうですねえ。
そう思うと本当に怖くなって、ぎゅっとお腹を両手でガードし、ダンゴムシみたいに
身体を丸めた……て、ガードしてから思ったけど、これ、逆効果じゃなかろうか。
でもそう考えるとますます怖くなり、余計にぎゅーっと身体を守る。
あ、何か眠くなってきた。

…………

「ん……」
暗闇の中、口元をつつかれている。何か湿ったものが押し当てられていた。
また、いかがわしいことをさせられるのかな……と渋々口を開ける。
でも入ってきたのは、何か濡れた食べ物みたいだった。
私は、そのまま飲み込む。
――まずい……。
いったい何のいじめだこれは、と薄目を開けた。

「え……?」
目に入ったのは青々と生い茂った木の葉っぱだった。
どうも木陰にいるらしい。
「おい」
そう言われて、エリオットの存在に気づく。私は彼の膝に頭を乗せていた。
エリオットは私の口に何かを当てていた。ミルクに浸したパンみたいだ。
仕方なく口を開く。うう……まずい。
「そんな嫌そうな顔、するなよ。食わねえおまえが悪いんだろう?」
そう言って、持ってきたらしいミルクの缶に、引きちぎったパンを浸す。
そしてまた私の口に押しつけた。
「…………」
「命の恩人を睨んでるんじゃねえよ」
私はやっぱり嫌そうな顔で食べているらしい。
あと自分で自分を命の恩人と言っていいのかな。どうなんだろう。

そしてパン一個をやっと食べ終わったころだろうか。
エリオットがゆっくりと私を草むらに押し倒す。
何だ、×××する体力をつけさせるために親切にしてくれたんだ。
胸に小さな痛みが走る。
「ん……」
エリオットの唇が重なり、こちらの口内に侵入する。好き勝手に中を荒らし、こちら
の舌を見つけ、絡みついてくる。唾液の絡む淫猥な音に、清々しい風の音。
やがてエリオットの手が、私の服の中に入り、下半身をまさぐり出した。
私は触れられた箇所が熱くなるのを感じながら、目を閉じた。

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