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■詫び料と食い意地

「エリオット」
私は彼にそう呼びかけた。
反応は早かった。
「…………ナノっ」
エリオットは耳を立て、バッと立ち上がると、こちらに走ってくる。
「帰りが遅くなりました……ちょっと、ハートの城で治療を受けていて……」
最後の方は早口になってくる。それとしゃべりながら目を閉じる。
押し倒されても殴られても、撃たれてもいいように。
「戻りました。畑と……あなたのことが、心配で!」
早口で一気に叫び、スッとしゃがんで手で頭と身体をガードする。
うう、カッコよく運命に立ち向かいたいのに足が震える。
勇敢なヒロインなんてガラじゃない。
そしてエリオットの足音が私のすぐ前で止まった。

…………
ずっと私はしゃがみ続けている。時間帯が一回くらい経過したんじゃないかな。
でも何もない。撃たれてないし、蹴られもしない。押し倒されも。
――いやいや実はずっと銃で狙っていて、動いた瞬間にズドン、とか。
ホラー映画で、トイレの個室に隠れた主人公の心境だ。

…………
――そ、そろそろいいですかね。
あまりに動きがない。足がしびれました……あとお腹がすいた。
私はそーっと、そーっとガードを解いた。
怯えながら。目の前に何が来てもいいように。

「……何、ですか?それ」
緊張と恐怖、あと戸惑いながら聞いた。
パンを目の前に突きつけられていた。

「…………ニンジンブレッド……その、食えよ」

耳を垂らしたまま、エリオットが私に、ニンジンブレッドを差し出している。
よく見ると大きなパンの袋を抱えており、中は全部ニンジンブレッドらしい。
「ええと、エリオット……あの……」
「……やりすぎた」
私が言葉を紡ぐより先にエリオットが言った。
「え?」
「おまえの態度に腹が立って……俺もやりすぎた。姿が見えなくなって、ちょっと
だけ、反省した。もう少し考えれば良かったって。それで、だからその……食えよ」
反省したって『ちょっとだけ』ですかよ。
けど、私はそーっとニンジンブレッドを受け取る。
おいしそうなニンジンブレッドだ。
でも変な物が入ってるかもしれない。失礼にならないよう一口食べて終わろう。
少し匂いをかぎ、警戒しながら一口だけ食べ……。

……そこから先の記憶が少々失われております。

「――はっ!」
気がつくと、地面には空になったニンジンブレッドの袋が転がっている。
「おまえ、食い意地だけは人一倍だよな」
呆れたようにエリオットは言った。
でも耳は再びまっすぐになり、安堵しているようだった。
「それじゃ、来いよ」
そう言って私に背を向け、小屋の扉を開ける。私は戸惑った。
「え、ええ……?行って、どうするんです?」
振り向いたエリオットはごく当たり前の表情で、
「もう完治したんだ。おまえを抱くに決まってるだろ?」
「…………」
「久しぶりだからな。楽しみにしてるぜ」
ちょっと待て。
……もしかしてあのニンジンブレッドは『詫び料』だったりする?
『食べる=詫びを受け入れた』ってことに、勝手にされてる?
マフィア脳が。こっちはさんざんな目にあって、腹まで撃たれたのに。
でもエリオットはさっさと小屋の中に入る。
そして背中が見えなくなる寸前あたりで彼の独り言が聞こえた。
「逃げても戻ってくるなら、無理に閉じ込める必要はないか……」
言った。確かにそう言った!
あの真っ白い部屋の夢を思い出し、ゾッとする。
でもこのオチはないだろ。ここ、普通は健気なヒロインの純心に触れ『俺が悪かった』
と涙ながらに改心するシーンじゃないですか。
いや、白い部屋に送られるよりいいけど、ニンジンブレッド一つ……いや三つ四つ
五つ六つ七つで無かったことにするってどうよ。ねえどうよ。
そして小屋の前でグズっていると、中から不機嫌そうな声が聞こえた。
「ナノ、さっさと来いよ。俺は忙しいんだ」
「は、はあ……」

私は猛烈な脱力感に肩を落とし、小屋に入っていった。

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