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■休息と帰還・上

エースの部屋は、相変わらず陰鬱な仮面に囲まれていた。

そしてベッド上の私はぐるぐる巻きである。全身これ包帯ぐるぐる巻きである。
あと、頭に何か氷嚢(ひょうのう)。冷やっこいなー。
エースは私の枕元に座り、私を看てくれていた。
「栄養失調、腹部銃創、多量出血、すり傷、切り傷、打撲、ねんざ、あと肩こり」
エースは指を折り、薬箱の効能書きでも述べるように怖い単語を並べてくれる。
……肩こり、関係なくない?
「それで一時は××××状態だったけど、よく回復したよな。あはははは」
おいおい……。
とはいえ、エースに命を助けられたらしい。
私は包帯ぐるぐる巻きのまま、エースにちょっと頭を下げる。
エースは私の頭を撫で、
「エリオット=マーチにはずいぶん可愛がられてたみたいじゃないか。
三月ウサギがお気に入りの顔なしを必死で探してるって、噂だぜ」
「……そう、ですか」
少し顔を伏せる。考えないようにしよう。考えたら暗くなるだけだ。

エースは『ハートの城の領土で』私を見つけた経緯を説明してくれた。
「最初に猫くんがハートの城に入り込んだ。
それで運悪く陛下に見つかっちゃってさ。
で、俺は命令されて猫くんを追いかけた。だから猫くん、きっと慌てたんだろうな。
帽子屋屋敷に『つないだ』のはいいけど扉を閉めないで逃げて行っちゃって。
俺がやっと追いついたとき、傷だらけの身体に上着『だけ』引っかけた君がいた」
…………そういや、そんな凄まじい格好でしたね。
意識を失う寸前、指に触れたのはバラの花びらだったらしい。
私はチェシャ猫の作った扉をくぐり、安全地帯に逃げられた。
会話を交わさなかったけど、チェシャ猫も恩人だ。いつかお礼を言おう。
「もう安心していいよ。可哀相な君は、このハートの騎士が守ってあげるからね」
エースは笑う。相変わらず、ほの暗い笑みで。
いえ、その笑顔はちょっと信用が……。
まあ、とりあえず生き延びられた。私は息を少し吐いて、目を閉じる。
エースが頭を撫でるのを感じながら、闇に落ちた。

…………
××時間帯ぶりに帰還したエースは、自分の部屋を見回し言った。
「やあ、ありがとう、掃除をしてくれて。おかげで部屋がすごくきれいになったよ」
ニコニコニコっと。そして私に近づき、笑顔でホウキを取り上げる。
「…………すみませんです」
私は冷や汗をかきながら、エースに頭を下げる。
部屋は恐ろしいことになっていた。割れた花瓶だの、ゴミだの、床に落っこちた仮面
だのが散乱している。それと剣を手入れしようとして、足の上に落とした。痛い。
うう、部屋の掃除でも……と浅知恵をはたらかせたのが大間違いでした。
もともと不器用なとこに身体の不調が加わったからなあ。
「ほら、熱が下がってもまだ傷だらけだろう。ベッドに戻った戻った」
「はいです……」
エースは私を両腕で抱き上げ、ベッドまで歩いてフワリと乗せる。
そしてベルを鳴らしてメイドを呼び寄せると、掃除と軽食を命じた。
ううう、恥の上塗り……。

「ほら、そんなに急いで食べなくてもいいよ」
ベッドの上で軽食のパンにがっつく。そんな私に、エースは苦笑する。
そしてナプキンで口元を拭き、羽毛布団の食べかすをはらってくれた。
顔が真っ赤になるけど、栄養失調状態が長かったから、つい……。
「はい、ごちそうさま」
軽食を終えた私ではなく、何も食べてないエースがなぜか言って、軽食のトレイを
片づけてくれた。私はまた頭を下げる。
「ありがとうございます、エース」
「うんうん。素直にお礼を言える子は好きだよ」
エースはそう言ってコートを脱ぎ、私の隣で横になる。
そして傷だらけの私を抱き寄せた。
暖かい。まだ身体は痛いけど、うっとりと目を閉じる。
「可哀相な、可哀相な俺のメイド……」
エースが歌うように呟き、私の頭を撫でる。
明らかに不幸を楽しまれてるっぽいですな、私。
でもいいや。お布団はふかふかだし、美味しいものも食べられる。
ここは天国だ。
でも……戻らなきゃ。

…………
「問題は君が帽子屋屋敷の所属だということだ」
エースはソファで足を組み、床に座る私に言う。
私は首をかしげた。

あれから寝て起きて寝て起きて、時間帯が経って傷がきれいさっぱり消失した。
驚いたことに、あれだけの状態になった私を見ていながら、エースは以前と同じに、
私を自分のメイドにするつもりらしい。
「君はフラフラしてたみたいだけど、所属は帽子屋ファミリーだって、帽子屋さんが
いちおう認めちゃってるからな。変えるのは難しい」
そういえば、この世界って所属がガッチリ固定されてるんだっけ。
おかげで役嫌いのエースも城に縛られているしかない。
まあ、素性を明かせば私は余所者だから、そのあたりは本当はクリア出来ているんだけど。
でもエースにとっては難しい問題らしい。しばらく頭をひねり、
「あ、でもいいか。帽子屋屋敷から、俺の仕事の手伝いに来てるってことにすれば」
エースはちょっと嬉しそうに笑う。うーん、私たちが時計塔主従みたいになるってことか。
無理がある気がするけど、とりあえずそれで、ルールの編み目をくぐれるらしい。

でも私は立ち上がって言う。

「ご厚意は大変嬉しく思いますが、私は帽子屋屋敷に戻ります」

エースは少しの間、言葉を失っていた。
珍しく笑顔を消して、驚愕の表情で私を見ていた。

「……君、馬鹿?」
「多分」
「多分じゃないだろ、馬鹿だろ、君」
「なら馬鹿かと」

というか疑問系の意味がないし。

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