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■クローバーの塔殺人事件3

「カフェインの量が少なすぎる。珈琲だけでこうなるには、短時間にカフェインを
10g……量にして百杯は飲む必要がある。ポット三つではとても足りない。
第一、急性カフェイン中毒なら、嘔吐やけいれん、血圧異常があるはずだ。
こんなきれいに……その、止まるわけが無い」
すると談話室の空気が静かに変わった。
ブラッドがマシンガンをステッキに戻し、
「なら原因は何だ?お嬢さんの健康診断は屋敷にとどめているときに何度かさせて
もらった。だが短期長期を問わず、生命維持に支障を及ぼす検査結果は出ていない」
グレイもナイフをおさめ、再び私の身体のかたわらにひざまずく。
もう一度私の呼吸を確かめると、私の頭を軽く点検する。そして、
「少し打ったあとはあるが、致命傷は見当たらないな……毒か?」
ボリスが尻尾を左右に振りながら、やっぱり私をじっと見ている。
談話室の温度が急降下し、役持ち達は互いに少し距離を取った。ユリウスは、

「とりあえず、現場を保存する。いちおう写真を撮っておくか。トカゲ、どけ」
ユリウスはグレイを下がらせると、どこからか取り出した写真機で、私の身体を
いろんな角度から映した。
私も何となく身体の近くに飛んで、日本人らしくピースサインとかしてみたり。
ユリウスは一通り、現場を撮影すると、
「トカゲがかなりいじってしまったが、まだ指紋等が残っている可能性がある。
今後は誰も現場をひっかき回さないようにしろ」
そして白チョークで私の身体の周囲に線を引き(!)、
「ではナノは、時計塔の方で丁重に検分を……何だ、帽子屋」
ブラッドがユリウスにステッキを突きつけていた。
「時計屋。なぜおまえが仕切る。しかも取って付けたようにナノを引き取るなど。
はっきりと言ったらどうだ?」
「何のことだかさっぱり分からない。もう少し人の言葉をしゃべれ。イカレ帽子屋」
ユリウスは露骨に不快の表情を作る。
するとブラッドはステッキをユリウスにつきつけたまま、王手をかけるように、
「おまえがナノに手をかけたんだろう。お嬢さんに相手にされない逆恨みか?」
「……は?」
――……は?
ユリウス(と私)はポカンと口を開ける。
「いや、カフェイン中毒でこうなったわけではない、と指摘したのは私だろう。
私が犯人なら、事件の可能性など示唆せず、おまえたちを共倒れにさせていた」
「私が怪しいと思うから怪しいのだ。理由など知ったことか!」
――いえいえいえいえいえブラッド!
ブラッドは激昂していた。推理どころか、ただの言いがかりだ。
さっきから平静を装っているように見え、ちっともそうではなかったらしい。
「お嬢さんの仇は討たせてもらう。ありとあらゆる拷問をし、お嬢さんの数万倍の
苦痛と無念を味わわせてから、時計を破壊してやる」
「…………」
ユリウスも呆れ、返す言葉も浮かばないようだった。
――えーと、私は苦痛も無念も別に感じてないんですが……。
そもそも唐突すぎて、無念以前に現実感がない。
「帽子屋。私が気に入らないと思うのは自由だが、それでは真犯人を見失う。
こいつも浮かばれまい」
――浮かばれないとか言わないでくださいよ!ユリウス!
ふわふわふわとユリウスの周囲を飛ぶ。ボリスはじーっと私を目で追う。
それにエースが気づいたようで、
「猫くん、どうしたんだ?さっきから変な方向ばっかり見て」
「あ……あのさ、みんな」
ボリスがやっと、思い切ったように呟いた。ふわふわ飛び回る私を見ながら、

「何か……さっきからここらへんを白いものが飛んでる気がするんだけど……」
全員がボリスを凝視した。
「チェシャ猫の勘なんだけど……ナノだって気がする、あれ」

沈黙。

……そういえば、猫って、ときどき何もないところををじーっと見てますよね。

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