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※7章は一部に過激な表現が含まれます。
※R18は合意無しの性描写を含みます
※少しでも苦痛、不快に感じられましたらすぐにページを閉じて下さい

■不思議の国

わいわいがやがやと、やかましい声がする。屋敷の裏口でのことだ。
「だ、大丈夫ですよ」
私は帰ろうとする。でも、
「いいから、じっとして〜傷だらけじゃない〜」
私は何人かの使用人さんに囲まれていた。
いつものパンを受け取りに来て、行為が原因でついた傷を見とがめられたのだ。

「ナノ、かわいそう〜。道で転んだんですって〜?」
苦しいけど、転んで作った傷とごまかすしかない。
「ここも傷があるわよ〜」
「この塗り薬も使ってみるかい〜?」
使用人さんたちはダルそうながら、本当に親切だ。
すぐに立ち去ろうとする私に、よってたかって世話を焼いてくれる。
『見て見ぬフリをしてるのではないか』といっときでも疑った自分が恥ずかしい。
「痛っ……」
すり傷に薬を塗られ、しみた。外で押し倒されたとき、砂利ですった傷だ。
「あ、ナノ、ごめん〜。痛かった〜?本当にごめんなさい〜」
消毒薬を持った使用人さんはすまなそうだった。
その様子に演技なんて一片も感じられない。
「い、いえ、私こそ……」
苦笑しつつも、私は心が弱くなるのを感じた。
「あの……私、エリオット様と上手くいかなくて悩んでるんです。
もしかすると……ここを出ようかなと、たまに考えたり……」
弱音が少し出てしまった。
使用人さんたちの、私への同情のまなざしに嘘は見られない。
逃げる手助けをしてくれないかと、内心で甘えていたのかもしれない。
「あら〜、どうして〜?別に出ることないじゃない〜?」
……よって、この返答は予想外だった。

「いえ、その……だって、その、いろいろ責められて嫌ですから……」
考えに考え、ギリギリな返答をする。すると使用人さんは首をかしげる。
「ならご機嫌を直していただくように努力すればいいじゃないの〜」
「でもお〜努力なんてダルいから、何もしなくてもいいんじゃない〜?」
「あたしも賛成〜」
「役持ちのお方のすることだから、我慢するより〜仕方ないよ〜」
いや、ちょっとちょっと。私に大人しく×××されてろって言うんですか?
「で、でも、ひどいことをされて、そのひどいことをしている相手の機嫌を取るとか
そんなの絶対に無理ですよ」
もう少し突っ込んだ返答をする。
「でも仕方ないじゃない。それしか出来ないもの。ね〜」
「あたしたち〜顔なしだもの。ね〜」
使用人さんたちは顔を見合わせてうなずきあう。
何なんだろう、この気持ち。言葉は通じるのに話がさっぱり通じない。
「いえ、私も機嫌を取ろうとしてます。でも逆効果みたいなんですよ」
「あ〜ナノは不器用だものね〜。それでお外でいじめられるのね〜」
「エリオット様は怒りっぽいものね〜。痛いのは辛いけど耐えるしかないわよ〜」
「早くエリオット様に、ちゃんと可愛がっていただけるようになるといいね〜」
使用人さんたちはニコニコしている。下卑た好奇心は一切ない、心からの笑顔だ。
私は青ざめてしばらく沈黙し、最後に言った。
「……もし私が、自力でここから逃げ出すと言ったら?」
使用人さんは変わらずニコニコと私を見る。何人かはもう懐に手を入れていた。

「撃つわよ〜。エリオット様にそうご命令されているもの〜」

…………

私はパンとスープの缶を抱え、とぼとぼと陰鬱な小屋へ帰る。
ここが不思議の国で、狂った世界ということを久々に思い出した。
見て見ぬフリとか、そういうレベルじゃない。
使用人さんたちは、私に起こったことをだいたい把握した上で、あの程度の同情しか
していなかったのだ。私が役持ちでも余所者でもなく……顔なしだから。
冷酷と紙一重な究極の他人事。

役持ちの権威が絶対であり、顔なしは何をされても仕方ない。
それはエリオットが、私にどんなにひどいことをしていようと変わらない。
我慢しろ、あきらめろと諭されるのは私の方。
そしてその意見が、この世界で大勢の支持を受ける。
なぜならエリオットは役持ちで、私は顔なしだから。
説明終わり。

そして、ガサッと音がし、私は立ち止まる。
振り向くと、エリオット=マーチが立っていた。
夕暮れの道に長い影が走る。
ここは屋敷から少し離れた場所で、あたりには林以外に何も無い。
「ナノ……」
エリオットは近づくなり私を抱き寄せると、そのままキスをする。
「……っ……ん……」
激情を表すように口づけは強く、抱きしめる力は悲鳴をあげたいくらい強い。
「……はあ……っ」
やっと解放され、息をついていると、エリオットは私の手首をつかみ、道から外れた
茂みに入っていく。
「待ってください、エリオット。私の小屋はすぐそこで……」
「戻って来たばかりで、またすぐブラッドのところに行く。半時間帯しかねえんだ」
いや、そこまでして時間を作らなくても……。
けどエリオットは茂みに私を突き飛ばす。
「わっ!」
痛い。肩をちょっと枝の先でこすった。
そして手からパンの袋とスープの缶が離れ、缶は草むらに転がりフタが外れた。
中身が湯気を立て、土に吸い込まれていく。
「あ……っ」
反射的にフタを戻そうと缶に手をかけようとすると、足で蹴って缶を飛ばされる。
たちまち低木の間に見えなくなる。
エリオットはそんな私を馬鹿にするように見、
「……ん……っ」
手を伸ばして乱暴に胸を愛撫する。快感はなく、軽く扱われる虚しさだけが広がる。
私はそれ以上は暗く考えないようにし、パンの袋を見る。
そちらも飛ばされ、袋から出て地面に散乱していた。
――あっちの方は土をはらえば何とか……。
落ちた物を食べるのは卑しいとか、どうか言わないでください。
それくらい、食べ物が少ないんです。
エリオットの手が服のボタンを開け、肌に彼の手がじかに触れる。

私は、事が終わるまでパンが無事なことを祈っていた。

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