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■狂気7

でも、特に助けも入らない。
使用人さんたちは私たちの関係を知っている。
そして、いつものノリで『両思いおめでとう〜』とのどかにはやしてくる。
でも、あの祝福はどこまでが本心なんだろう。
あの人らは案外鋭いから、関係を強要されていることに気づいているかもしれない。
いやもしかすると、知っていた上でワザと……いえ、深く考えるのはよそう。
彼ら、彼女らは以前と何一つ変わらず、いい人たちだ。嫌いたくない。

双子も何度か訪れたけど、彼らは私に真摯な反面……お子様だ。
私の『大丈夫ですよ』という言葉を素直に受け止めて下さって、本当に大丈夫だと
思っている。熱愛カップル(!)の間に割り込む馬の骨な真似はしてこない。

ボスは……完全に無視らしい。使用人さんや双子の伝聞から総合するに、己の腹心が
ずいぶんと風変わりな趣味に開眼したと、とらえてるようだ。
でも相手たる顔なしの少女(私)は一応内部の人間。
関係は屋敷内で完結するし、倫理的に問題はあろうが、まあそこはマフィアだから。
どうせすぐに飽き、撃って終わりだろうと、全く興味を示していないらしい。

この閉鎖された空間において、私はエリオットの好きにされるしかない。

逃げなくちゃいけない。それも出来るだけ早く。

外には出られるから、隙を見てクローバーの塔に保護を求める。
本当に嫌なことに直面した人間は、死にものぐるいで逃げようとするものだ。

……でも、少し疲れた。また後にしよう。

そして桶を運びながらヨロヨロと歩き、小屋に近づく。
「はあ……はあ……」
疲れてしまい、桶を地面に下ろし一休み。
月明かりに照らされた水面に、疲れた顔の女の子が移っている。
平凡だ。絶世の美少女でもなければ、ハッとする魅力があるわけでもない。
エリオットは、私のどこに惹かれたのか。どれだけ考えても分からない。
夜風に震える身体を叱りつけ、また立ち上がる。そして私は小屋に戻った。
もちろん中は真っ暗だ。桶をとりあえず適当な場所に置いておく。
――早く沸かさないと。暖炉の火をつけなきゃ。
うう、スローライフ。ボタン一つで電気のついた時代が、涙が出るほど懐かしい。
ライターはどこに置いたっけかと暖炉の周囲を手探りで探していると、

「そこまで、俺から離れたいのかよ」
「……っ!」
後ろから肩に手を置かれ、全身が総毛立った。
無感情な声は続く。
「俺が泊まるときはいつもそうだな。終わったら数時間帯とベッドの中にいない。
とっとと出て、暖炉の前で丸まってるか、夜中なのに仕事を始めちまう。
俺の女がそこまで嫌か?」
エリオットの声は笑っているようだった。
こちらの意思や準備や場所や時間帯をとことん無視しておいて、好きになれと?
ただベッドの中にいられないのは……バレるのが怖いからだ。
エリオットの両手が拘束するように私の前に回り、服のボタンを外していく。
忍び込んだ手が冷たい肌に触れ、探るように撫でていく。
「冷たいな……」
手が胸に触れる。快感と言うより寒さで縮こまっているそこを、エリオットは温める
ように包み、さする。
でも何度も抱かれ、完全に冷えた身体はなかなか反応しない。
「ん……」
エリオットに撃たれる悪夢を見たせいか、身体が密着することが今さら怖くて、少し
身をよじって身体を離そうとしてしまった。エリオットにはすぐにバレる。
「そこまで俺が嫌いかよ」
エリオットの声がまた低くなっていく。
「いえ、その……痛っ……」優しかった手が、一転して胸を乱暴に愛撫する。
「痛……っ!」
「いいけどな。どうせ好かれることは何一つしてねえよ」
「そんなことは……っ!」
「違わねえだろ!!」
引き倒され、床に押しつけられる。苛立ったような手つきで服が剥がされていく。
でもこちらは全くその気じゃ無いし、疲れている。
「エリオット……今は辛いんです。お願いですから……」
慈悲を求めて訴えたけど、
「勝手にベッドを抜け出したのも、夜に水くみに行ったのも、全部おまえの自業自得
だろうが。そこまでして、嫌だと意思表示してくれた、礼をしなくちゃな……」
「……エリオット、待って、まだ……」
足を抱えられ、息を呑む。今までは多少なりとも慣らしてくれたのに。
でも三月ウサギは狂気を宿した瞳のまま。

「部下に命令しておいた。おまえが屋敷から一歩でも外に出たら、撃てってな」

「エリオット……っ!」

これではクローバーの塔に助けを求めるという選択肢も絶たれてしまう。
クローバーの塔に行くつもりだと、安易に打ち明けたのが間違いだった。
そして三月ウサギは、呆然とする私の頬を愛おしげに撫でる。
「嬉しいだろう?どれだけ俺を嫌っても、どこにも逃げられないなんてな」
いったい、どこにこんな狂気を抱えていたのだろう。
平凡、いや平凡以下な私の何が、彼をそこまで追いやってしまったのだろう。
私は声を恐怖で震わせながら言う。
「エリオット……あなたは病気です。
しかるべき医療機関にかかり、治療を受けるべきです」
けれどエリオットは冷酷に、
「三月ウサギの頭を治せる奴なんて世界のどこにもいねえよ」
そして先走りに猛る先端を押しつけ、怯えて強ばる私に、

「とことん嫌ってみろ。生まれたことを後悔するくらい……愛してやるぜ」

その後は、身を引き裂く苦痛と私の悲鳴で、何も分からなくなった。

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