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■狂気6

夢を見る。

私の胸に手を当てたエリオットがハッとして私を見る。
「心臓の音……お、おまえ、余所者だったのか!?」
「そ、その……隠してたわけじゃ……」
私は必死に弁解する。
「何で話さなかったんだ!何で顔なしだって嘘をついていたんだ!」
「それは……その……」
どう説明しろというんだ。顔なしを名乗るに至った、アレでコレな長話を。
「ええと、私は別の不思議の国から来たんです。そこは、ここと全く同じ世界で、
あなた方とそっくり同じの役持ちの方がいて、で、あっちの世界のブラッドに……」
「何、意味不明な寝言をほざいてるんだ!よくも、だましてくれたなっ!!」
激昂した三月ウサギが懐から銃を取り出す。
そして私の額へ……。

BAD END

…………

――何もエンドクレジットまで表示しなくてもなあ……。

暗闇の中、自分で自分にツッコミ。
え?エリオットに私が余所者とバレたことや撃たれたこと?
もちろん、さっきまでのことは全て夢。
未だにこの世界のナイトメアが来ないため、私は普通の夢を見るのです。
実際の私は……。

…………

「…………」
目を覚ますと、あたりは真っ暗闇だった。
暖炉の炎は消え、聞こえるのは三月ウサギの息づかい。
空気は冷たいのに身体が熱い。私は彼に腕枕され、しっかりと抱き寄せられていた。
暗闇に、私の心音と彼の時計の音が混じる。
――まだ、バレていない。
三月ウサギのことだ。気づいて黙っている、という芸当は出来ない。
これだけ×時間帯ごとに肌を重ねていながら、奇跡としか言いようがない。
私は安堵し、そっと彼の腕から身体を起こす。
そして痛みに小さく声を上げた。
「……っ……」
まだ情事の記憶が身体に新しい。
そう何時間帯も眠っていたわけではなさそうだ。
私は裸足の足を床に下ろすと、小屋のあちこちに散らばった服の回収にいそしむ。
「…………」
うう、あちこち乱れたり濡れたりで気持ち悪い。
しかし他に着る物もないので、渋々、袖を通す。
「ナノ……」
「っ!」
後ろから三月ウサギの声が聞こえ、ビクッと立ちすくむ。
でも起きたわけでは無さそうだ。
かたわらの熱が消えたせいだろうか。寝ながら、腕を緩慢に動かしている。
私を探しているようだった。
「……ナノ……」
「…………」
一瞬だけ、ベッドに戻りたい衝動が湧き上がるけど、止めておく。
どうせ不安で眠れはしないし、三月ウサギが起きたらまた抱かれて消耗するだけだ。
――喉が渇きましたね……。
足音を立てないよう、暖炉のそばに歩いて行く。でもヤカンに水は入っていない。
私がいつも使っているのは川の水。沸かさないと飲み水にならない。
ため息をつき、桶(おけ)を持って外に出た。
――うう、寒い……。
羽織る物もなく、夜風に身体を震わせる。
小屋の裏手に回り、川の水を貯蔵する大きめの樽(たる)に向かう。
元はいただいた古いワイン樽で、コルク栓をぬいたところに蛇口をつけた便利物だ。
で、蛇口の下に桶をおき、蛇口をひねって……水が出ない。
――こんな夜中にくみ直しですか……最悪ですね。
私は取水用の大きめの桶を持ち、真っ暗な庭園を歩き出した。

…………
川の水がたっぷり入った重い桶を両手で抱える。そして夜道をよたよたと歩く。
一歩ごとに身体がきしみ、休息を要求してくる。
――うう、エリオットは頑張りすぎなんですよ……。
ただでさえマフィアのお仕事が忙しいのに、どうにかして休憩を作り、私のもとに
頻繁に通い、身体を要求してくる。
問題は『どうにかして作った休憩』が、こちらの休憩時間と一致しないことだ。
結果、畑の中で襲われるわ、爆睡中に叩き起こされて襲われるわ、屋敷から帰るとき、
ひとけのない道で襲われるわ、食事中にテーブルの上で襲われるわ……。
ちなみに今回は、農作業帰りでくたくたになっていたところを襲われた。
最初は小屋近くの茂みに引きずり込まれた。抵抗する気力も体力もなく好きにさせた。
エリオットが満足して終わり……かと思ったら、珍しくお泊まり時間が確保出来て
いたらしい。小屋に連れて行かれ、最初は玄関、次はテーブル、食料置き場……と
ベッドに至るまでが長かった。おかげであちこちアザだらけ、傷だらけだ。

強要された関係だけど、悪化させたところで害しかない。
だから抵抗はせず、要求に応えるようにしてるつもり……なんだけどエリオットは、
何が不満なのか、何かと私をなじってくる。
『ワザとらしい演技をしてんじゃねえよ。どうせ早く終われと思ってるんだろう?』
『ヤリ慣れた顔しやがって……裏通りではどれだけ客を取ってたんだ?』
『痛い?優しくしてほしいなら、演技ぐらいしろ!媚びた笑みくらい出来るだろう』
……なんか発言と発言の間でいろいろ矛盾している気もする。

何だって、こんなことになったんだろう。
エリオットはどうかしている。絶対におかしい。

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