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※6章は一部に過激な表現が含まれます。
※R18は合意無しの性描写を含みます
※少しでも苦痛、不快に感じられましたらすぐにページを閉じて下さい。

■狂気1

暖炉の炎がパチパチと燃え、粗末なランタンが私たちを照らしている。

お屋敷から離れたこのあたりは、夜の時間帯になると真っ暗になる。
私は椅子に座り、お皿やお芋を片づけた寂しいテーブルを見ていた。
エリオットは暖炉の前に立ち、腕組みをしている。
私はディーとダムに会うに至った経緯を、ポツリポツリと語った。
「……で、ディー様とダム様が助けて下さって、お礼にごちそうしていたんです」
サツマイモがごちそうかというツッコミはスルー。そういう空気ではないので。

私はうつむき、膝の上でぎゅっと、こぶしを握る。
エースの時といい、男の人は何で平気で、こんなことが出来るんだろう。
前の世界ではいろいろひどい目にあった。二度とあんな思いをしたくなかったのに。
「ですから、エリオット。使用人さんたちの寝泊まりする別邸に住居を移したいと
思っています。空き部屋があれば今すぐにでも。どうかお願いします」
暖炉の炎を前にするエリオットの背中を見る。
「…………」
エリオットは黙っている。
「あの、もちろんお家賃とかは頑張って払います。畑の方だって、まだちゃんとした
ニンジンは出来てませんが、そのうち必ず献上出来るだけのレベルのものを……」
「…………」
三月ウサギはまだ黙っている。炎を見つめたまま。
「ええと、エリオット?」
あまりに沈黙が長いので困惑する。こんなに大きな背中だっただろうか。
「あの……」
どう声をかけていいか分からず困っていると、

「……住む場所を移すのは、認めない」

それだけ言った。

「へ?」

あまりにも予想外な返答に、間抜けな声を出してしまう。
甘えかもしれないけど、いつも私のことを考えてくれる人だったから『わかった!
まかせておけ!』と話を進めてくれるものだとばかり思っていた。
そしてエリオットの声は感情が無かった。
「使用人用の別邸に移ることは認めない。勝手に移ろうとしても俺が戻させる」
「な、何でですか……」
意図が読めない。大人しくオオカミさんたちに食われろとでも?
「住居を移しても、結局この小屋の畑に通うことには変わりねえ。
畑にまく水だって、近くの川からくんでくる。死角なんざ、いくらでもある」
「あ、なるほど」
自分のアホさ加減に呆れる。
そういえばそうだ。別邸から畑への道、畑から川への道。
帽子屋領は広い。人目につかない場所なんて山ほどある。
「じゃあ、どうしますかね……」
無理を言って行き帰りは使用人さんについてきてもらう。
……いや、護衛じゃあるまいし、迷惑にもほどがあるだろう。
番犬でも飼う。うーん、えさ代もかかるし撃たれたら可哀相だ。
なら、畑をもっと安全な場所に移す。
……現実的じゃない。全て一からやり直しだし、費用だってたくさんかかる。
かといって、忙しいエリオットに今さら小屋に通え、なんて言えるわけないし。
困った。もう土下座してでも使用人として働かせてもらうしかないんだろうか。
けど私の仕事の出来無さは通常のレベルではない。
裏口ではいつも親切にしてくれる使用人さんたち。
だけど、いざ私が同僚となり、私の無能さを目の当たりにしたら。
それでもあの笑顔を保っていてくれるだろうか。

「……エリオット。私、帽子屋屋敷を出てクローバーの塔に行きますね」

「……っ!!」

帽子屋屋敷を出るのは涙が出るほど辛い。
でも選択肢が無い。
私に残された能力は、お茶を淹れる腕だけ。
前の世界では何かとトラブルの引き金だったから、あえて仕事にしたくはなかった。
でもそんなことを言ってる場合じゃない。自立して生きていかなくては。
夢魔に素性を明かし、どこかのカフェに仕事を斡旋してもらおう。
以後は裏方でひっそりお茶を淹れていればいい。
二度とエリオットに会うこともないだろう。

「いろいろお世話になりました。本当に感謝してもしきれません。
私のために使っていただいたお金は少しずつでも必ず返します」
暖炉を見つめるエリオットの背中に、深く頭を下げる。
そして顔を上げ、エリオットの反応を待った。
やはり背中は動かない。
「エリオット?」
まただんまりだ。沈黙があまりに長いので、不安になってくる。
最近荒れていると双子が言っていたけど、それと関係あるんだろうか。
そしてエリオットが私を振り向いた。
炎のせいだろうか。
落ち着いた青の瞳が、狂気に満ちた赤を宿しているように見えた。

「それは、それだけは許さねえ。帽子屋屋敷を出て行くことだけは!」

うーん、ニンジン畑に執着してる、とかかな。
でも単にここに居座れと言われても承諾しかねる。
「どうすればいいんです?」
マフィアNO.2のエリオットは、何か妙策を考えてくれたんだろうか。
エリオットは私を見下ろし、一息に言った。

「どこにも行く必要はねえ。おまえが俺の女になればいいだけだ」

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