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■クローバーの塔殺人事件2

「でさ、何でナノはこうなっちゃったの?」
エースがへらへら笑いながら言った。
するとグレイは顔を上げ、凄まじい形相でエースを睨み、
「騎士……おまえ、ナノがこうなったのに、なぜ笑っていられるんだ!!」
今にもナイフを抜きそうだった。それをユリウスが制した。
「トカゲ、冷静になれ。不幸な出来事だが、これもこいつの運命だ。
我々がしなければならないのは……こいつを……ナノを……」
――あ、泣きそう。
ユリウスは言葉につまり、ぶるぶると肩を震わせ、最後に床を見た。
あーあ。前半までは『さすが冷静ですねー』と感心してたのに。
あ、いや、感心してる場合じゃ無いですか。
ちょっとシャレにならない事態になってますから、私。

――み、みんな気づいてください!私、ここにいますから!!
ふわふわ周囲を飛び回るけど、誰も気づかない。
いや、気のせいかボリスが私を見ている気がする。
けど、すぐに目をそらされた。
ちなみに自分自身の身体は、怖くて直視すら出来ない。
グレイはというと、ユリウスが冷静さを崩したことで、逆にいくらか正気に戻ったらしい。
私の身体から手を離さないまま、語り出した。
「俺が……談話室に入ってきたら、ナノが床に倒れていた。
抱き起こしていくら声をかけても動かなくて……呼吸や脈拍を見たら、すでに……。
俺が、もっと早く談話室に来ていたら……くそぉっ!」
拳で床を叩きつける。あ、ちょっと床にヒビ入った。
……というか、どうも本当に私は……ええと、可哀相なことになったみたい。
でも状況が状況だからか、『こうなった』実感が無い。
――うーん、定番なら枕元に立つべきですか?
でも次の夜の時間帯っていつなんだろう。というか面倒くさい。

――というか……そもそも私、何で『こうなった』んですかね。

夢の空中浮遊を楽しむどころではなく、首をかしげる。
何か思い出せない。でも最後に意識があったとき確か……。
「お嬢さんは直前まで珈琲を飲んでいたようだな」
ブラッドがステッキで床を指した。私もつられてそっちを見る。
私の身体が倒れていた近くに、中身のこぼれた珈琲カップが転がっている。
近くには重そうな珈琲ポットも三つほど。
ブラッドはステッキで軽くポットを転がし、
「全て中は空だな……急性カフェイン中毒か……お嬢さんらしいな」
呆れているのか嘆いているのか、つかみがたい声で言った。
「ナノ……だから珈琲の飲み過ぎには気をつけろって言ったのに」
ボリスが耳と尻尾を垂らしてポツリと言った。
「珈琲などにナノを始末されるとはな。早く屋敷に連れ戻すべきだった」
ブラッドも無表情に言った。
――は、恥ずかしすぎる……。
私は全身が真っ赤になったかと思った。
しかも誰一人疑問に思わないのか、全員『ああ』『やはり』という顔でうなずいていた。
グレイだけが何も反応せず、ただ私の身体をぎゅっと抱きしめている。
「なら、出て行ってくれないか。ナノは、塔で丁重に……」
その先は言葉に出来ないのか、今度こそ嗚咽が聞こえた。しかしブラッドが、
「渡してもらおう。帽子屋屋敷の庭園で眠るのなら、ナノも喜んでくれるだろう」
グレイは返答しない。ただ、そっと私の身体を床に戻し、両のナイフを抜いた。
ブラッドも瞬時に、ステッキをマシンガンに変える。
「それが終わったら、この国の珈琲という珈琲を全て滅ぼしてやる。
私の目につくところで珈琲を飲んだ者は、すぐに時計を止めてやる」
――ええと……あの、ちょっと過激すぎというか関係ないんじゃ……。
というか、私が喜ぶとか勝手に決めつけないでほしいなあ。
あと、やっぱりボリスが、横目でチラチラと私の動きを追っているような。
「トカゲさんに帽子屋さん。ユリウスの二つ名を忘れたの?
ナノは一番ユリウスに懐いてたんだし、ユリウスが適任だろ」
そう言って、勝手に代理気取りなエースが、静かに剣を抜いた。
――いやいやいや。二つ名を忘れてるのはあなたの方でしょうが、エース。
ユリウスの二つ名は『そっち』じゃなく『時計屋』の方ですから!
というか、こんな争われ方、すごく嫌……。
ともかく一触即発トライアングル完成である。そこに、
「ね、ねえねえ。不謹慎だよ。ナノもきっと呆れてると思うな。
まずナノをどこかでゆっくり休ませてあげて……」
蚊帳の外ぎみなボリスが、的確に私の心情を言い当ててくれた。
あと、ときどきこちらを見ている気が、やっぱりする。
でも三すくみ状態は解けない。
――私ってば罪な女……とか言ってる場合じゃないですよ!
私がこんな大変なことになってるのに人をダシにして、と憤りしか覚えない。
――ユリウス!この馬鹿な連中を止めてください!
私は、ユリウスのそばに飛んだ。彼はエースの言葉さえ聞こえていなかったらしく
床に落ちたポットをじっと見ていた。
しかし今にも戦いが始まろうとしている気配に気がついたのか、ようやく口を開き、

「こいつの……その、こいつがこうなった原因は珈琲ではないと思うぞ」

三人(+心配そうにしていた一人)がピタッと止まった。

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