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■小屋での出来事

それからは何ごともなく時間帯が過ぎた。
私はまた小屋と畑を往復する生活に戻った。
でもエリオットはあれ以来姿を見せない。
けどこちらは屋敷に入れない以上、私からエリオットに会いに行くことは無理だ。
仕方ないと思うことにした。
今まで面倒を見てくれただけでも、十分に感謝しないと。
私の生活は多少閉鎖的になり、話し相手といえば裏口の使用人さんくらいだった。

そして、ある昼間の時間帯のこと。

「ナノ〜。注文していた肥料、とどいたわよ」
「どうもですー」
いつもの食事を受け取りに来た私は、一抱えはある肥料の袋を渡された。
――うわ、けっこう大きいですね。重そうだなあ……。
とりあえず肥料は脇に置き、世間話をする。
「でね、エリオット様ったら、また女を取り替えちゃって〜」
「はあ。それはそれは」
使用人さんたちは噂話が大好きだ。
「ナノは知らないの〜?前はエリオット様がよく来てたじゃない〜」
「ここ×××時間帯ばかりお会いしてないですね」
「ええ〜長すぎるわよ〜」
使用人さんたちは驚いたようだった。
「きっと、私に興味を失われたんですよ。多分、もういらっしゃらないでしょう」
ちょっと寂しく笑う。『顔なし』の私は、エリオットとは身分が違う。
いつかは飽きられるときが来るものだ。
「そんなことないわよ〜。ナノが笑えるようになったから安心したのよ〜」
「美味しいニンジンを献上すれば、また来ていただけるさ〜」
優しく慰めてもらえたけど、ちょっと心が痛い。話をそらすことにした。
「で、そのエリオット様は、最近どんなご様子なんですか?」
すると、使用人さんたちはニヤ〜っと顔を見合わせ笑う。
「最近はお盛んよね〜。×時間帯ごとに、取っかえ引っかえって感じらしいし〜」
「あと、好みがガラリと変わったって話だな〜。今は若い子が多いってさ〜」
「そうそう。この間、ナノくらいの子と高級ホテルに入ってったぜ〜」
使用人さんが私を指さす。人を指さすなや。
「うふふ。ナノももう少しオシャレを頑張ればチャンスあるんじゃない〜?」
「それ以前にお洋服を買うお金もありませんがな。ちょうどいいので少し貸し……」
「あらあら〜そろそろ仕事を始めなきゃ〜」
と、互いに冗談を言い合ったあたりで、会話の切り上げ時だった。
「じゃあ、頑張ってね〜ナノ〜」
「また来ますです」
互いに手を振り、そして裏口の扉が閉まる。
私は頭をかき、肥料の袋に向き合う。
パンとスープの缶に、一抱えある肥料。一度に運ぶのは無理だ。
「一度小屋に戻って、台車で運びますか」
往復が面倒だなあ、と歩き出そうとすると、
「俺が運ぼうか?」
声がした。振り返ると、使用人の男性が立っていた。
最近入ってきた人なのか声にだるさがない。
「あ、いえ、お構いなく。一人で大丈夫ですよ」
「気にするなよ。さ、行こうぜ」
使用人さんはアッサリと肥料の袋を抱え、歩き出す。
「あ、いえ、本当にいいので……」
でも使用人さんが行ってしまうので、慌ててついていくしかなかった。

「肥料はここに置けばいいのかい?」
「はい、すぐ使いますので。ありがとうございます」
小屋の裏手に肥料を立てかけてもらい、私は使用人さんにお礼を言う。
でも使用人さんは立ち去らない。小屋をじろじろ見て、
「へえ、意外にしっかりした小屋なんだな。中の声もあまり外に出なさそうだ」
「何度も修繕しましたし。あ、では私はこれで……」
とパンとスープを持ち、小屋に入ろうとする。
「あ、中を見ていいかな?」
「え。それはちょっと……」
無理やりついて来られた。
「あ、あの……」
「へえ、水道も何も通ってないんだ」
ズカズカと中に入られ勝手にあちこち見られる。
暖炉に椅子、テーブル、食料置き場……寝室まで。
エリオットではない誰かが自分の空間にいるのが落ち着かない。
「えと、どうぞごゆっくり。わ、私、畑に行きますね」
「待ちなよ」
腕をつかまれる。床がギシッと鳴った。

「あの、い、急ぎますんで」
「ナノって言ったっけ。俺とつきあわない?」
一瞬、止まってしまう。
「……いえ、そういうことは考えてませんので」
使用人の男を睨みつけた。
私の名前をちゃんと覚えてなさそうな人が何を言ってるんだ。
「そう言うなって。裏口でときどき君を見かけたんだ。
最初は何とも思わなかったけど、だんだん気になってきてさ。
それでこの間、遠目に君の笑顔を見てから、君のことが忘れられなくなった」
「……それは、どうも」
反応が難しくて、とりあえずお礼を言う。
「ですが、今は異性の方とおつきあいする気はありませんので。ごめんなさい」
「そう?相手を決めておいた方が安全だと思うけどな」
「え?」
男はなれなれしく私を引き寄せ、腰に触れた。それだけで嫌悪感が走った。
「君を気にしてる男は結構多いぜ。今まではエリオット様がしょっちゅう通ってた
から、手出しが出来なかっただけだ。でも最近は全く来てないんだろう?
だから俺は、先に『予約』しておこうと、仕事中に抜け出して来たんだ」
「…………」
顔なしを装っていても、余所者が好かれる法則は有効らしい。
平凡ナノさんのモテ期再来か。
屋敷内だからと油断しないで、もっと考えるべきだった。
……でも遅い。

男の手が頬に触れ、私は嫌がって眉を寄せる。
「そんな顔をするなよ。俺は君に優しくしようと思ってるし、金だって貢ぐ。
これでも敵をたくさん始末してるんだ。腕も悪くない。出世すると思うぜ」
「……だから、つきあう気はありません!帰ってください!」
やや強く言って、腕をふりほどこうとする。
でも、この世界の人だけあって、ふりほどけない。
もつれている間に床に押し倒された。
ドンっと頭に衝撃が来て、天井が見える。ハッとして立ち上がろうとしたけど、
両手をしっかり押さえられて動けない。
膝の間に相手の足が割り込み、本能的な恐怖が背筋をつたう。
「やめて……止めてくださいっ!」
「あっちのテクだって悪くない。君は裏通りの薄汚い客しか知らないだろう?」
マフィアのボスと経験がありますが……なんて言えやしない。
というか過去に関して、皆からどういう可哀相な誤解をされてるんだ私。
そして男の手が私の胸に軽く触れる。ビクッとして、
「てめぇっ!!調子こいてるとぶっ殺すぞっ!!」
「え……?」
あ、ヤバ。久々に暴言が出ました。まあ非常時だし。
とはいえ、その程度で状況が覆るなら苦労は無い。
「へえ、口汚くなるときもあるんだ。ますます可愛いじゃないか」
そう言って、私の服に手をかけようとする。
「やめて……誰かっ……!」
私は必死に助けを求めて叫び、もがいた。
でも男は笑いながら私を押さえつけ、服の中に手を入れようとする。
私は涙をボロボロこぼし、堅く目をつぶった。

重い。

最初に感じたのはそれだけ。
でも私自身は痛くも何ともない。重いだけ。
こわごわと目を開ける。
すると、さっきの男が私に覆いかぶさっていた。
でも……動かない。
と思っていると、重さが無くなる。そして重い音。
誰かが男を蹴ってどかしたみたいだった。
ある特定の色に染められた男を。

「え……」

見えたものが信じられず、現実逃避のあまり幻覚を見ているかと思った。

「だから突発的な休憩は正当な労働に入れられるべきなんだよね、兄弟」
「持ち場を離れた、敷地内の巡回も認められるべきなんだよね、兄弟」

血のついた斧を持った、スーツの男性二人が立っていた。

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