続き→ トップへ 短編目次 長編2目次

■三月ウサギの叱責

私は夕暮れの草原でエリオットに懇願する。
「私を誰かに渡そうとか恐ろしいことはもう考えないで下さい。
許可無しに勝手に出歩きませんし、騎士には近づきませんから」
「…………」
けど、エリオットはまだ疑わしげだ。
私とエースが人目を忍んで密会していたと思ってるんだろうか。
そんな思いが顔に出たのかもしれない。エリオットは不機嫌そうな声で、
「あいつに笑ってただろう」
そういえば笑顔がどうこうとエリオットは何度も言及していたっけ。
「あれは、たまたまです。エースに会わなければ最初にエリオットに……」

「だけどっ!おまえが笑った相手は俺じゃなかった!!」

私は長身のエリオットに怒鳴られ、立ちすくむ。
エリオットの目には、一度は消えた黒いものが蘇りつつあった。
「……っ」
無茶苦茶だ。感情を自由に扱えるなら苦労はしない。
それとエリオットがよく分からない。
私を顔なしと軽く扱ったかと思えば、最初に笑った相手に執拗にこだわる。
「ええと、ご、ごめんなさい……」
とにかくなだめないと。この人は役持ち。しかも上司だ。
私の扱いに関して決定権を持ち、さっきのように意思一つで私を他の領土にやって
しまう。怒らせると恐ろしいことになる。
「えと、最初に笑った相手があなたではなくて、ごめんなさい……」
謝罪理由としてメチャクチャだ。
エリオットも自分が理不尽なことを言っていると気づいたか、ハッとした顔になる。
「いや俺が悪かった。言いがかりだな。すまねえ」
「いえその、私こそエースになんかついていっちゃって」
「…………」
「…………」
気まずい沈黙が流れた。
「……帰るぞ」
「あ、はい」
私は慌てて手押し車の取っ手をつかみ、花を全て草原に流す。
衝撃で取れた花弁が、ひらひらと風に乗って、夕焼けの空にはかなく舞った。
すっかり軽くなった手押し車を押し、エリオットの後に従おうとすると、手押し車の
持ち手をエリオットに取られた。
「いい。俺が押す」
「あ、どうも……」
そこでエリオットの後ろについて歩こうとしたら、
「おい、乗れよ」
「は?」
「いいから、乗れよ」
「……えーと」
エリオットが見ているのは、間違いなく手押し車だ。
「…………」
さっきと別の意味で冷や汗が流れる。
しかし空気的にアレというか、反論が出来ない雰囲気だった。

ゴロゴロと手押し車の台に乗せられ、押されている。
私は麦わら帽子をかぶり、夕暮れの空を見上げていた。
エースとのことは軽はずみだった。ちょっといい雰囲気になったけど、うわべを取り
つくろっただけで騎士の最終目的はさして変わらず。
あの笑顔のまま襲われるところだった。

私はこの世界で顔なしとして生きようと思った。
そして私は帽子屋屋敷に所属し、エースは敵対領土の役持ちだ。
それを深く考えないで余所者気分をどこか引きずっていたため疑われた。
ハートの騎士に好意的で、ハートの城が好ましいのではないかと。
それで、もう少しで騎士に渡されるところだった。
私は手押し車を押すエリオットを振り返り、呼びかける。
「エリオット」
「何だ?ナノ」
「あ、ええと……」
自分で言っておいて言葉につまる。何をどう言えばいいんだろう。
「ええと、その……」
エリオットは勝手に判断したらしい。
「……心配すんな。さっきのアレは……ちょっと虫の居所が悪かったんだ」
サラリと言われる。余所者のときなら絶対に言われなかったことを。

「だが、おまえも気をつけろ。おまえがいるのは、好きに出来た裏通りじゃねえ。
帽子屋ファミリーの敷地だ」
「はい」
「そして、おまえは俺の部下だ。ブラッドも承認している。だから勝手な行動を
取るな、敵対領土の役持ちに軽々しく近づくな、組織を乱す行動を起こすな」
「……はい」
マフィアの幹部からの叱責だ。私もうつむく。
「そうだ。こいつはタダの顔なしの部下なんだ……」
エリオットが呟くのが聞こえた。
え?と見上げるけれど、エリオットは気づかずに何か考え込んでいるようだった。

「またあの双子ども、サボりやがって……」
帽子屋屋敷の門は、例によって門番不在だった。
私はホッとして手押し車から降り、エリオットから持ち手を受け取る。
そしてエリオットに頭を下げた。
「ありがとうございました、エリオット。それでは、また……」
「ああ」
エリオットはそれだけ言って、それ以上は私を見ずに屋敷に向かっていく。
私は少し寂しい思いでそれを見送った。

3/6
続き→
トップへ 短編目次 長編2目次


- ナノ -