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■顔なしの余所者・上

けれど、エリオットの私への感情も一瞬だった。
ほんの少しだけ見えた黒い何かはすぐ奥深くに戻る。
「そのガキから離れろ。そいつは帽子屋屋敷の所属だ!」
エリオットが雄々しく言った。
けれどエースは剣を向けたまま、親しげにエリオットに言う。
「まさか顔なしをめぐって君に剣を向けることになるなんてさ。
おかしな風景だよな。はは」
チラッと私を振り返り、エースが笑う。逆にエリオットは嫌そうに、
「そう思うなら剣を下ろせ」
「君が先に銃を下ろすべきだろう?銃弾と刃物じゃ俺の方が不利だ」
「よく言うぜ、俺が銃を下ろした瞬間に飛びかかって首を切り落とす気だろう?」
エリオットが口元を歪める。
「友達にそんなことをするわけないだろう。あはははは」
エースは中身のない笑いをする。
私はどうしていいか分からず、地面にへたばっていた。

「でも、何しにこんなところに来たんだい?君が熱を上げてた×××××って店の
一番人気の子、口説きに口説いて、貢ぎに貢いで、やっと落ちたんだろう?」
エリオットが連れてたあのゴージャス美女のことですか。
そういえば、確かにあの美女はどうしたんだろう。
「うちの兵士が悔しがってるのを聞いたぜ。念願の店外デートじゃなかったんだ」
すると、エースはからかいの笑みを見せ、
「ホテルを出るには早すぎ……ああ、早すぎてフラれたのか!」
……男め。けどエリオットはエースの下ネタな挑発には一切応じない。
「撃った。何かムカついたからな」
とつまらなそうに言った。

……え、撃った?

「確かにホテルに行こうとした。でもどうしても、こいつのことが気になった」
と言って私を見る。
「だから、ほんの少しだけ待ってくれと言った。そうしたら、絶対に嫌だの、私を
愛してないだのギャアギャアわめく。だから急に冷めてうっとうしくなって撃った」
……そ、それだけで……?
「顔なしの分際で、うるせえんだよ」
するとエースもうんうんとうなずき、
「ま、それなら仕方がないか。でもあの店は裏組織の系列じゃなかったっけ。
いくら帽子屋ファミリーNO.2でも、一番人気を潰しちゃ、ヤバくないか?」
……仕方がない?
「店には身請け金の倍額を払っておいた。それで報復に来るなら、潰すまでだ」
何だかだんだん、寒気がしてきた。風が冷たいせいだろうか。

「で、そこまでして、この子を見に来たってわけ?」
エースは呆れたように言った。エリオットは私を睨み、
「……下っ端でも、対向組織にさらわれ、拷問を受けて惨殺されることがある。
あまり通りをうろうろするなと言うつもりだった。あの女とは別問題だ」
「あはは。野菜を作ってる顔なしの子だろ?その程度をわざわざ消したって向こうが
笑われるだけだ。心配性だなあ、エリオットは」
何だか怖い会話が交わされている。
「だが、現にハートの城の奴が接触していた。
あんた、俺が来なかったら、あの後でこいつをどうするつもりだったんだ」
そう言ってエースを睨む。エースはニコニコと、
「とりあえず抱いて、連れて行こうかと」
え……今、何て言った?
草むらに倒されたときの警戒感は間違っていなかったらしい。
「まあ俺は見られてても気にしないから、エリオットが出て来ないつもりなら、気に
せず、無理やり押し倒そうと思ってたんだけどね。いやあ恋って辛いな。あははは」
……いえ、どう聞いても恋愛対象にすることじゃないです、それ。
エリオットも呆れ顔で、
「あんた、この前から何なんだ?恋人にするだのメイドにするだの、頭のおかしい
ことばっか言いやがって。うちの下っ端のガキだぞ?」
「でも顔なしにしてはちょっと変わってるだろ?そこが気に入っちゃってさ。
ほら、蓼(たで)食う虫も好き好きって言うじゃないか」
いや……自分で言うかソレ。
「だから、ちょっとこの子をくれないか?エリオット=マーチ」
「やらねえよ!とっとと失せろっ!」
エリオットの銃は今にも火を噴きそうだった。
すると、エースは不思議そうにエリオットに言う。
「別に顔なし一人くらい、くれたっていいだろう?構成員じゃないってことは、
マフィアの誓約はしていない。大した情報を隠し持ってるわけでもない。
むしろ、勝手に連れて行っても、君は気づかないと思ったんだけどなあ……」
いっそ無邪気に思える表情で、とんでもないことを言う。
「正義の騎士が誘拐か?悪いがハートの城の勢力には小銭一枚、顔なし一人だって
恵んでやる気はねえよ!」
……その比較対象も微妙なんですが。
けどエリオットが絶対に私の味方だと、呑気に思っていられたのもそこまでだった。

「そこまで悔しいのかい?顔なしだの下っ端だのと見下してる子が、俺と楽しそうに
していたのが。やっと落とした美女を撃ってまで、様子を見に来たのにさ」

「……っ!」
エリオットの顔が強ばる。
「そんなわけ、ねえだろ!」
うん、そんなことがあるわけない。
「だよな。だったら、交渉次第で俺に譲るってこともあるだろう?」
「……そうだな」
エリオットが構えていた銃を下ろす。同時にエースも剣をおさめる。

「…………」
私の喉はからからで言葉が出ない。

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