続き→ トップへ 短編目次 長編2目次

■麦わら帽子と花かんむり

「女の子なのに不器用なんだな、君は」
「あううう……」
私がボロボロな花かんむり一つ作るのに半時間帯かける中、エースは魔法のように
鮮やかな手つきで二つ三つ四つと作り、私の頭や首にかけていく。
……私は輪投げの的か何かですか。
しかも、悔しいことにエースは上手い。数種類の花を彩り良く混ぜ、お金を払っても
欲しいと思わせる出来だ。
妬ましくて見ていると、力を入れすぎて私のキンギョソウの花がぶちっと千切れた。
「あー、もう止めです、止めっ!!飽きました!」
花かんむりモドキを放り投げ、私は頭を抱える。
「エース、あなた何かコスい手を使ってらっしゃるんじゃないですか?」
マーガレットとゼラニウムの花かんむりを迅速に仕上げ、フンワリと私の頭に乗せた
エースに、逆ギレ気味に怒鳴る。騎士さまはすまして、
「器用さの違いかな。俺は日ごろからキャンプ生活で手先を使ってるからね」
「……さいですか」
放浪騎士が。エースはというと、花だらけになった私にご満悦だ。
「きれいだぜ。麦わら帽子よりずっと似合う」
「いえ、似合わないですよ。こんなお花だの何だの」
というかこういうメルヘンな格好はちょっと……。
「ははは。このまま舞踏会に出てもイケるって」
「どこのアレな人ですか。花かんむりのティアラで舞踏会なんて」
「そんなことないって……よっと」
「へ……うわっ!」
花かんむりを何個もつけたまんま、騎士に手を引っ張られ、立ち上がらされる。
「あの、エース?」
するとエースは優雅に一礼をし、私の手を取って手の甲に口づける。

「俺と踊っていただけませんか?」
「……は?」

ついていけない私は目を白黒させる。一瞬、エースがついにあちらの世界に行ったの
かと疑ってしまった。するとエースは片目をつぶり、
「ほら舞踏会の練習だよ。俺の側づきになるんならダンスくらい出来てくれないと」
「…………」
そういえば、以前にメイドにするとか、うわごとを言っていたなあと思い出す。
「エース、あのですね。お引き立ていただき光栄ですが、私は仕事もありますし、
所属を移す気はありませんし、それにそろそろ……」
「俺と踊っていただけませんか?姫君」
私は迷う。
エースは本当に私と踊って欲しいんだろうか。

騎士の笑顔、差し出された手。花かんむり、お茶の木の苗木、紅茶、珈琲。

……時計塔。

それらが連想ゲームのように一瞬で私の脳内を横切り、
「……下手ですが」
気がつくと、ちょっと笑ってエースの手を取っていた。

…………
でもまあ、エースもすぐに私の不器用さを思い出してくれたようだ。
「ほら、また俺の足を踏んだ。ここでターンだよ」
「え?こ、こっちですか?」
「身体ごと回らないぜ。手だけ俺の手に添えてクルッと、足を軸にして……」
「え?え?え?」
「両足が一緒に動いてるぜ。そうじゃなくて片足だけで……」
指示されるほどに混乱して、よく分からない呪いのダンスになってしまう。
でも私もエースも笑いながら踊る。
草を踏む音が響き、回るたびに髪や花かんむりがキラキラ揺れる。
そして失敗の嵐の中に、ときどきは成功が混ざり、そのたびに私は笑い声を上げた。
とはいえ、それでも幼児のお遊戯レベルなのですが。
そしてダメダメなダンスが終わり、そっと手が離れる。
「これじゃ、君と舞踏会で踊るまでに何千時間帯も練習しないとな」
「んー、フォークダンスなら学校でやったんですが……」
苦笑するエースに、私も笑いながら答えた。
「フォーク?食器を使った踊り?」
「いえいえいえ!」
ンなベタな。というか食器を持って踊るって、どこの野性的な部族ですか。
「えーと。マイムマイムと言いまして。確か両手を持って……」
と、エースの大きな両手をつかみ……あと何だっけ。
だ……ダメだ。さっぱり思い出せない。
「すみません、忘れました」
すると手をつないだまま、エースがコツンと、頭を私の頭に当てる。
「私的制裁はご遠慮いただきたいのですが」
上目づかいにチラッとエースを見て、私は笑う。
「そうだな。そんな笑顔をされたら許さないわけにはいかないよ」
「え?」
私は驚いてエースを見上げる。
「気がつかなかった?さっきから君はずっと笑顔だった。
俺といて、本当に楽しそうだったよ。声を上げて笑っていた」
そう言われても自分の表情は分からない。でも笑顔と言われれば笑顔っぽい。
笑っていた気も……する。
戸惑う私に、エースはそっと顔を近づける。
「ん……」
視界のすみに麦わら帽子が映ったけれど、私は自然と目を閉じる。
そして唇が重なる。
静かだ。
草原を渡る風の音、かすかに揺れる花かんむり、間近のエースのかすかな息。
つないだ両手がとても暖かい。

いつまでも、ずっとこうして……。

「っ!!」
突然、ドンっと突き飛ばされ、我に返った。
草原だったため、やわらかい草に受け止められたものの、メルヘン気分だった私は
現実に引き戻される。
――ま、まずい……エースのアレさ加減を忘れてました。
どれだけ鳥頭ですか自分。この騎士には前の世界でもひどい目に合わされ、こっちの
世界でだって押し倒されたのに。草原なら助けはない。無警戒にもほどがある。
押さえつけられる前に立ち上がろうとして、
「メイド君、伏せてな!」
「え?」
剣を抜いたエースが私を守るように立ちはだかっていた。
何?え?どういうこと?
混乱しつつ、状況を探る。

「てめえ……またうちの下っ端にちょっかいかけてんのか?」
三月ウサギ、エリオット=マーチが銃をエースに向けていた。

でも、対するエースは銃に対し剣を構えながら、どこか楽しそうだ。
「ちょっかい?そう見えた?君がさっきから見てた通り、俺は彼女と花遊びして、
楽しくダンスの練習をしてただけだぜ?君も聞いただろ?この子の笑い声」

……ちょっと待て。見ての通り?花遊び?ダンス?笑い声?
ええと……エリオット、いつから私たちを見て……?
それに、美女とホテルに消えたんじゃなかったんですか?

慣れないダンスで頭までやられたのか、混乱でぐるぐるする。
エリオットはチラッと、手押し車に乗せられた麦わら帽子を見、そしてエースの
作った花かんむりに目をやり……最後に私を見る。
――え……エリオット……?

あの三月ウサギが、鋭い目で私を睨んでいた。

憎悪とも取れる、黒く歪んだ感情のうずまく目で、私をまっすぐに。

5/5
続き→
トップへ 短編目次 長編2目次


- ナノ -