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■騎士の花かんむり

青い空の下のこと。
私とエースは草原に並んで座っていた。
「で、花がすぐ育ったのはいいけど、扱いに困っちゃってここに捨てようと」
「捨てる?花なんだから、燃やせばいいだろう?」
「火事が心配で。あといちおう畑で育てたものですし」
はあ。前回襲われかけた悪夢もあり、本当はとっとと立ち去りたい。
けど苗木をいただいた手前、逃げるに逃げられない。
けどエースは私に手を出したり、妙なことをささやいたりすることはなかった。
今は手押し車から勝手に花を抜き、何やらいじっている。
「それで、俺の上げたお茶の木はちゃんと育ってる?」
「おかげさまで……ええと、その節は本当にありがとうございました」
エースに頭を下げる。
自分をどうにかしようとした相手からのプレゼント。
普通なら受け取るべきではない。
ないと分かってはいるんだけど……この手の誘惑に私はたいそう弱い。
紅茶と緑茶の禁断症状の前に、常識が華麗にぶっ飛んでいたのである。
「無事にお茶が出来ましたら、お届けに上がりますので」
「ははは。それはいらないぜ。素人の作ったお茶でお腹を壊したら大変だからね」
――こ、この男は……。
拳がぶるぶると震える。
「なら、何だって私にお茶の木の苗木なんか下さったんですか」
「え?だって君が欲しがってたから。君が喜ぶだろうと思ってさ」
「…………」
サラリと言われても。こういう返答は反応しにくいなあ。
私はしばらくエースを凝視する。エースはなおも花をいじりながら、
「あはは。そんな恐ろしいものを見る目で俺を見ないでくれよ。
やっぱり一緒にいると面白いな。そういえば、君の名前、なんだっけ?」
「あ、いえ、その、人を合意無しに押し倒そうとしたりするかと思えば、安くはない
苗木をたくさん贈って下さったり。そこらへんのチグハグさに困惑を」
「あはははは。名前を聞いたのを軽やかに無視しないでくれよ」
無駄に爽やかに笑い、私の麦わら帽子をいきなり取った。
「ちょっと、エース!」
エリオットからもらった大事なものだ。
エースに抗議すると、エースは笑いながら、私に何かを放った。
それはパサッと私の頭にかかった。
「わっ……!」
一瞬、虫か枯れ草でもかけられたかと身体を緊張させた。
けどエースは、まず手押し車に麦わら帽子を置く。それからご機嫌で笑った。
「うん、似合ってるぜ」
「へ?」
私はかけられたものを恐る恐る取る。

それは、手押し車の花できれいに作られた花かんむりだった。

……どう反応すべき?

「……なるほど、この手がありましたか」
「え?」
私の言葉に、エースは笑顔のまま、よく分からない様子だった。
「ただ普通に花単体を売るのではなく、編み込んだり、かんむりにしたり、押し花に
したりと、それなりに加工した方が購買意欲をそそられるものだったんですね」
そして私はエースの手を自分の両手で包む。
「ありがとうございます、エース。あなたのおかげで、鈍っていた商売の勘が少し
取り戻せました。元手ゼロということを忘れず、必ず利益につなげてみせます!」
「あはははは。俺は君への愛情で一生懸命作ったんだけど……。
なんか全部むしりたくなっちゃった」
スッと手を伸ばされたけど、ふいっと私はよける。
フ。引っかかったな、愚か者めが。
「冗談です」
すまして言う。
「え?」
「大変きれいな花かんむりですね。本当にありがとうございます、エース」
頭を下げると、ポカンとした様子だったエースは、
「く……くく……あ、あはははははっ!」
爆笑した。私に何か言おうとしてるけど、笑いすぎてうまく言葉に出来ていない。
「き、き、君、本当に面白い。その……はは……真顔で冗談を言うところとか……」
あれ。花かんむりをスルーしたフリをして、怒らせるつもりだったのに。
何か逆に大ウケしてますか?変な人だ。
「あなたは実に愉快な人だったんですね、エース」
前の不思議の国では、最初から最後までアレな人だったんですが。
こんな平和な一面もあったんだ。
「そ、それは君だろ……は……はははは……」
もう笑いすぎて目に涙が浮かんでいる。
あんまり受けたので言わないでおいておこう。
花かんむりにすれば金になる発言……半分くらい本気でした。

そして草原ではエースの臨時花かんむり教室が開かれた。
「こう、ですか?」
私の不器用な指が、茎をポキポキ折っていく。
「違う違う、二本目の茎をヒネッて、一本目の茎に巻きつけて……」
エースの指が器用に動き、きれいな花の輪っかを作っていく。
私はというと親切なご指導のもと、いびつな形の花かんむりを仕上げていった。

……これ、子どもが作った方がまだ上手いんじゃなかろうか。

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