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■クローバーの塔殺人事件1

私はナノ。余所者で、ごくごく普通以下の女の子です。
……ごくごく普通以下って何でしょう。まあいいや。

不思議の国に暮らす私は、アレとかコレとかエロとか色々あって、現在はクローバー
の塔近くの空き地を占拠……コホン、小さな小さな一人経営のお店を構えています。
紅茶や珈琲をお客さまにお出しする、大変だけど幸せな生活です。

そんなあるとき、ある時間帯のこと。

…………
そこはクローバーの塔の談話室だった。
私が『空中で』気づいたとき、誰かが叫んでいた。

「起きてくれ!なあ、いつもの冗談だろう!?嘘なんだろう!?」
グレイだった。私は驚いて、まじまじと彼を見下ろした。
あのクールで大人なグレイが、冷静さをかなぐり捨て、悲痛な声で絶叫していた。
もう泣く寸前というくらいに錯乱し、倒れた少女にすがっている。

――グレイの大事な人ですかね。私を口説いておきながら恋人がいたなんて。

うーむ。ふわふわと宙返りし、私はグレイへの憤りを抑えられない。
そしてグレイから目をそらし、他の役持ちがいることに気がついた。

「君は、こうすれば私から逃げきれると思ったのか……?愚かな……」
マフィアのボスは立ち尽くし、静かに言った。
――逃げ切れる?もしかしてブラッドの獲物なんですかね、この子。
まあ、マフィアのボスだもの。私一人しか目に入らない、ということは幸いなかった
らしい。被害者仲間たる、倒れた女の子には、同情するほかない。
でも何で倒れたままにしておくんだろう、と私は首をひねった。介抱してあげればいいのに。
そして他にも役持ちがいることに気がついた。
「………………」
ユリウスは怖いくらいに無言、無表情だった。
人形では無いかと思うほど呼吸以外の反応がない。微動だにせず少女を見ている。
エースは例によって笑顔。
ボリスは全身の毛を逆立てながらも、やはり何も言わない。

グレイ、ブラッド、ユリウス、エース、それにボリス。
会合用のスーツを着た六人の役持ちが集まり、一人の動かない少女を囲んでいる。
談話室は他に人の出入りが無く、グレイの嗚咽に近い叫びだけが響いていた。
「他の役持ちや顔なしには連絡を……?」
「いや、抗争か何かがあったみたいでさ、こちらまで人手は……」
ユリウスとエースがぼそぼそ話している。どうもこれ以上、人は増えないらしい。
私は空中から彼らを眺めながら首を傾げる。
――というか、グレイ。そこまで悲しいなら、あなたが助けてあげればいいのに。
何なら私が助けてあげるかと、舞い降り、女の子に手をかけようとして。

……私は、するりと女の子の身体を通り抜けた。

――…………。

私の額に汗が浮いた……気がした。でも暑い寒いの感覚が全く分からない。
というか、夢魔でもないのに何で私はさっきから浮いてるんだろう。
あと、気のせいかボリスがぎょっとしたように私を見た気がした。
グレイは他の役持ちの前だというのに、女の子を揺さぶり、なおも絶叫している。
「ナノ……ナノ……目を開けてくれ!もう一度俺の名前を呼んでくれ!」
ナノ……うむ。私の名前ですな。

――え、ええと……私、もしかして……。

ゆらゆらと飛び、談話室の鏡の前に立つ。
……私の姿が映りませんです。
私は空中でピタッと静止する。
他の役持ちたちも立ち尽くしている。

談話室にはグレイの悲嘆の声だけが響いていた。

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