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■両手いっぱいの花を

夕暮れの商店街は、家に帰る人で賑わっていた。
エリオットからいただいた麦わら帽子をかぶり、私は商売に精を出す。
「お花、可愛いお花はいかがですかー。お安いですよー」

まあ、お客さまは来るけど、さして売れるわけではない。
そしてアネモネやスイセン、パンジーのようなハデ目の花はよく売れるけど、今イチ
目立ちにくい品種は、どうしても残りがちだ。
「小さいけど可愛いのに」
花束でも作ってみるかと、手押し車から花を選別する。
カスミソウ、デイジー、マーガレット、すずらん……。
……うわ、調子に乗りすぎた。花束どころか両手いっぱいに抱えすぎて、いっぱい
いっぱいの状態に。顔が埋まる、顔が埋まる!
とりあえず、いったん手押し車に戻そうとあたふたしていると、

「え……?」
声をかけられた。

エリオットの声だ。
――あ、エリオット!
まず麦わら帽子のお礼を言いたい。それから感想を聞いて、ついでに花束を売りつけ
……と、花束抱えてヨタヨタと振り向く。
そしてエリオット、と呼ぼうとして、その声を喉元で止める。
なぜなら、エリオットは大変な美女を連れていたからだ。

「エリオット〜。お花を買ってくれるならバラでなきゃ、やぁよ?」
最新の服にゴージャスな毛皮、スレンダーなボディに大きな胸、真っ赤なルージュ。
エリオットより、もっと明るい金髪、そして何より美しい!極上の美女!!
うーむ、まさしくマフィアの女って感じ。エリオットと本当にお似合いだ。
『お、おい、あの女、×××××って店の、一番人気の女だぜ』
『あのバカ高い店のかよ。大富豪のご指名以外は受けないって聞いたことが……』
『三月ウサギが相手じゃ仕方ない、あきらめろよ』
というヒソヒソ話が、周囲からチラホラ聞こえる。
けどその三月ウサギは、美女の腰に腕を回したまま、私を見て固まっている。
あ。前に騎士がどうのこうので、あんまり外に出るなとか何とか言われたっけ。
金に目がくらみました。本当、ごめんなさい。
などと目で必死に謝っていると、
「エリオットー、早く行きましょうよ。薄汚い花売りなんか、いつまで見てるの?」
美女がエリオットにしなだれかかりながら言う。
「あ、ええと……」
三月ウサギの目に珍しく迷いがあった。
何をどう言えばいいか分からない、というNO.2にあるまじき迷いが。
賢い私はすぐに察する。エリオットだから、知り合いの私に声をかけたい。
でもせっかくゲットした極上の美女に、顔なしの小娘と親しいところを見られたく
ないというやつに違いない。全く。私のことなんて気にしなくていいのに。
にしても何だかエリオットの頬が少し染まっているような……夕陽のせいかな。
なのでエリオットが何か答える前に、私は両手いっぱいの花を突き出し、
「三月ウサギ様。恋人様への贈り物に、可愛い花束はいかがでしょう?」
買え、買えとオーラを出すことも忘れない。
けども、これまたエリオットが答える前に一番人気美女が嫌そうに、
「やだあ!こんな雑草みたいな貧乏くさい花、いらないわよ!」
さっきから薄汚いだの貧乏くさいだの失礼な。まあ美女だから仕方ないか。
そして一番人気美女は、エリオットの方を向くと、打って変わって可愛く、
「エリオット。早く行きましょうよ。最上階の部屋を取ってくれてるんでしょう?」
「あ、ああ……」
うーむ、小首をかしげ、指でそでを引く仕草に周囲の男性陣もウットリである。
そしてエリオットはかなり戸惑いながらも私から目を離し、一番人気美女の腰を抱き
再び歩いて行く。麦わら帽子のお礼は後ですることにしよう。
「またお越し下さいませー。さて……お花ー、きれいなお花はいりませんかー?」
私は呑気に手を振り、さっさと営業を再開した。
エリオットが何度かこちらを振り返った気がしたけど、私の勘違いだろう。

…………

「さて、ここらへんに捨てますかね」
少しばかり時間帯が変わったお昼の時間帯のこと。
私は街道近くの草原に来ていた。ここに売れ残りの花を破棄する予定である。
まあ自然のものを自然に還すだけだから、不法投棄には当たらない、はず。
……マフィアではない、よゐこの皆さん。
生ゴミは生ゴミの日、決められたゴミ集積所に捨てましょう。

で、予想通り花はあまり売れなかった。けど投げ売り価格にしたためか、そこそこは
さばくことが出来た。それでもまだまだ手押し車はいっぱいだ。
「うーん、もう少し屋敷に持って帰りますか……いえ、ダメ!ゴミになります!」
そうブツブツ独りごとを言い、手押し車から花を抱える。
愛らしいデージー、可愛いロベリア、控えめなカスミソウ、大輪のアイリス、八重に
咲いたガーベラ、可憐なスイートピー、季節感ガン無視で咲いたコスモス……。
「……やっぱり捨てるのはもったいないですかね。いや、ダメダメダメダメ!」
再度己を叱咤し、両腕一杯に花を抱える。うう、顔が花で埋まりそう。
そして『せーの』、と草原にぶちまけようとしたとき、ガサッと音がした。
「ん?」
「…………え?」
ハートの騎士さまは、呆気に取られて私を見ていた。

青い空。草原。花をいっぱいに積んだ手押し車。

私はエリオットにもらった麦わら帽子をかぶり、髪と服を風になびかせている。
そして、両手いっぱいに、こぼれそうなほどの花束を抱えていた。

ハートの騎士さまは、呆気に取られて私を見ていた。

「…………」
「…………」

ええと、ハートの騎士さまは、呆気に取られて私を見ていた。

…………

…………

……何かリアクションしろや。

「…………あの、エース?何ですか?」
花とは言え、いっぱいに抱えるとさすがに重い。
「っ!ああ、君か。花の妖精にでも会ったのかと思ったぜ!」
私を凝視していた騎士がようやく動いた。
「……大丈夫ですか?」

いろいろな箇所が。いろいろな意味で。

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