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■三月ウサギの麦わら帽子

目を開けると、窓の外は青空だった。
「っ!!」
ガバッと跳ね起きる。な、な、何時間帯経った!?水まき!雑草取り!
ニンジンは発芽までが難しいお野菜なのに!
「おいおい、そんなに慌てるなよ。八時間帯くらいじゃ枯れないって」
「へ?……え……?」
寝起きの頭のまま、呆けて周囲を見る。
私の横で上半身裸のエリオットが大あくびをしながら身体を起こしていた。
「は?え……え!?」
「そのうちベッドも買い換えてやるよ。敷布も掛布も薄すぎだ。
これじゃ休むもんも休めねえな」
「いえ、おかまいなく……」
「遠慮すんなって」
エリオットはごく平然とベッドから下り、伸びをすると黒いジャケットだの、紫の
マフラーだのを身につける。未だについていけない私は、おずおずと、
「ええと、エリオットが何で私のベッドに……?」
「何、言ってるんだ。おまえが俺をつかんで離さなかったんだろうが」
「へ……?」
エリオットはニヤニヤと私を見下ろし、
「寝ながら俺の身体をぎゅーっと抱きしめて、何をしても離れねえ。
まあ俺も予定がなかったから、一緒に寝てやったけどな」
「え?ええ!えええ!?」
「あんな抱き癖じゃ、恋人になる男が大変だな」
ニヤニヤニヤ。
そ、そういえば誰かにしっかりしがみついていた感触がまだ両腕に……。

羞恥で溶けて消えるかと思った。
「………………すみません」
真っ赤になってうつむくと、エリオットがまた私の頭を撫でる。
「おまえ、明るくなったな」
「は?」
唐突に言われ、すっとんきょうな声を上げる。
「表情も出て来たし、使用人とも上手くやってるみたいだ。良かったぜ」
「全部、エリオットのおかげです」
そう言って頭を下げると照れくさかったのか、よせよ、と軽くこづかれる。
「早くまた、笑えるようになるといいな」
「…………」
そしてエリオットは金髪とウサギ耳を軽くなびかせ、また来ると去って行った。

…………

それからしばらくして。
「本当にここ、時間がでたらめなんですよねえ……」
すっかり手になじんだクワを肩に担ぎ、私は呆然と畑を見る。

あれから特に何ごともない日常が続いていた。

畑に出てはお野菜やお茶の木の生育を確かめ、雑草をむしり、鳥肌に耐え害虫さんを
駆除し、水をまき、随時、肥料を追加する。
裏口の使用人さんと世間話をし、暖炉でパンやスープを温めて食べ、ときどきやって
くるエリオットと暖炉前で飽きずに語り合い、ベッドに入ればぐっすり眠る。
エリオットが小屋にお泊まりしてくれることもあった。
そんなときは、二人で寝るまでたくさん話をした。
『おまえに会うと不思議に疲れが取れるから、いつも来ちまう』
エリオットはそう言って、また頭を撫でてくれる。
時間は平和に過ぎていった。
そして。

「うーん……育つのはいいですけど……」
種をまき、苗木の植え付けをして、まだ×××時間帯しか経っていないはずだ。
なのに、種をまいた場所には、早くも青々とした苗が誇らしげに広がり、茶の木は
剪定が必要なほど枝を伸ばしている。ハーブに至っては収穫出来る状態だ。
……つまり育ちすぎである。

育ちがいいのは素晴らしいけど、しなければいけない作業が一気にやってくるという
ことでもある。雑草取りに間引き、剪定に収穫。考えただけで頭が痛い。
「はあ。仕方ないですね」
まだこの間の筋肉痛が治ってないんだけどなあ。
私は肩を落とし、戦場へと分け入っていった。

…………
夕暮れの時間帯、私は屋敷の裏口に来ていた。
どっさりと収穫したハーブの献上に来たのである。
とはいえ、気がついたら芽が出ていて、一気に収穫可能な状態まで育っていた。
そのため『育てた』という実感がイマイチないんだけども。
「こんなにもらっちゃっていいの〜?ナノ〜」
顔なじみの使用人さんたちは嬉しそうだ。
「エリオット様のお金で作ったものですし。お料理にでも何でも使って下さい」
そう言うと裏口がちょっとにぎやかになる。
「嬉しいわ〜カモミールを切らしてたの〜」
「今夜の料理に、このバジルを使ってみようよ〜」
「私、お部屋に飾るポプリを作りたいわ〜」
わいわいガヤガヤ。それでは、と立ち去ろうとすると一人の使用人さんが私に、
「ナノ。そのお花は何なの〜?街に売りに行くの〜?」
まあ疑問にも思うか。今の私はハーブとは別に、大きな手押し車を押している。
そこにはこぼれそうなくらい、花がいっぱいに乗っけられていた。
「屋敷の外に売りに行く花です。お屋敷ではバラ以外はあまり飾らないですし」

ハーブやジャガイモについてきたオマケの種は、売れ残りのお花の種だった。
それはそれできれいだったし、畑に広がる花畑を見たときは嬉しかった。
ただ、元々売れ残りの種だけあって、バラのように高く売れる品種はない。
かといって使い道も特になし。そう事情を説明し、
「近くの通りで売ってみます。全部は売れないでしょうから残りは廃棄ですね」
と言った。すると使用人さんたちがちょっと欲しそうな様子だったので、
「良かったらどうぞ」
と言ってみる。すると使用人さんたちがまた寄ってきて、手押し車はちょっとだけ
軽くなった。それでは、と今度こそ立ち去ろうとすると、また呼び止められた。
「ナノ〜」
「はい?」
振り返ると、頭にパサッと何かかけられた。
触ってみると、麦わら帽子だった。
使用人さんがニコニコと、
「忘れててごめんね〜。エリオット様からよ〜」
「……え!?」
「急いでいるから、渡しておいてくれって頼まれたの〜」
「え?え?」
驚いて麦わら帽子を触る。頑丈に編み込まれた、質の良いものだった。
「ナノが外に出すぎて、熱中症にならないようにって〜」
「似合ってるわね〜ナノ」
「すごく可愛いわよ〜。エリオット様もきっとお喜びになるわ〜」
「ど、どうも、あ、ありがとうございます……」
やたら褒めてくれるのはハーブや花のお礼なのかな。
手をふる使用人さんたちに頭を下げ、私は落ち着かない気持ちのまま、手押し車を
押してその場を離れた。

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