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■騎士のプレゼント

「は?ハートの騎士が?こいつを?うちの下っ端のガキだぞ?」
さっきと似たようなことを繰り返す。
「うん、面白い子だから気に入ってさ。この子も俺を愛してくれているし」
「…………」
どうも現実感がなさげのエリオットが私を見る。
「……そうなのか?」
「全てこの騎士の捏造です。私は帽子屋屋敷を出るつもりもないし、恋人になった
覚えはみじんもありません」
「……だってよ」
困ったようにエリオットはエースを見る。
「あはは。大人しい子だから照れてるんだよ。
じゃ。これから一緒にホテルに行くから邪魔しないでほしいんだけど」
「え……ああ……そ、そっか?」
あ、エリオットの耳が垂れている。斜め上続きの展開にパンクしかけているっぽい。
仕方なく、エースに引きずられるのに抵抗し、エリオットに言った。
「私に以前絡んできたのはこの人です。助けて下さい!」
三月ウサギの耳がピンと立った。

…………
壮絶な、それはもう壮絶な撃ち合いがあったのですが疲れたので中略いたします。

ともあれ終わった。
エリオットは荒い息をつきながらようやく銃をおさめる。
騎士も、周囲の人々も逃げ去っていた。
周囲は、商店街の品物が散乱するわ、壁には銃痕があるわと、凄まじい惨状だ。
流れ弾で負傷した人がいなかったのがまだ救いだ。ともあれ、
「助けて下さってどうもありがとうございます、エリオット」
エリオットに深々と頭を下げる。この人には助けられっぱなしだ。
でも興奮のおさまらないエリオットは私に怒鳴りつける。
「ナノ!何でこの前、騎士に襲われかけたって言わなかったんだ!」
「だって私は単なる顔なしですから。私のためにゲームを不利にしないで下さいよ」
うーん、だんだん格差社会の奴隷根性が身についてきたなあ。
まあ個人的に、騎士にはいずれ仕返しをさせてもらうが。
「変に気を使うな!それにさっきも何があったんだ!
行く前だって、俺の仕事を頼まれたとか、他の奴らに嘘をついて!
俺はニンジン畑を作れって以外に、おまえに命令したことはないだろ!?」
あー、いっぺんに言われて頭が混乱する。
それと……嘘がバレた。

「い、いえ、その……」
汗がダラダラ出る。射ぬくような三月ウサギの視線にさらされ、膝がガクガクする。
「おまえ、まさか騎士にもう一度会いたいと思って嘘を……」
「ありませんありません!天地がひっくり返ってもそれはありませんから!」
高速で首を左右に振る。
「じゃあ何で……」
「森にちょっと捜し物に行ったんですよ。畑で栽培出来るものがないかって」
仕方なく白状した。実際、隠すほどのことでもない。
「は?種や苗木なら街で買えばいいだろうが」
「……エリオットからいただいたお金をあまり使いたくなかったので。
それで騎士に会って、変な風に絡まれちゃって」
しばらく沈黙があり、エリオットが拳を作り、私の頭をゴツンとぶった。痛っ。
「そんな小銭程度で俺に気を使って、自分を危険にさらしてどうする、大馬鹿!」
だって貧乏性だもの。でも私を叩いたエリオットの方が痛そうだった。
あと茶の木の苗木×××本は小銭じゃないと思う。

それから少しの間ガミガミ叱られ、エリオットはようやく怒りをしずめてくれた。
「これに懲りたら、もう女一人で森をフラフラするな!」
「はあ……」
叱られすぎて頭がガンガンするー。そう言われたってなあ。本当に偶然なのに。
「あと、騎士に何かされたのか……?服が……」
「あ、いえいえ。これは本当に大丈夫ですから」
あ。そうだ。押し倒されたせいで妙なシワがつくわ、泥はつくわと惨状だ。
エリオットは信じてくれても、使用人さんたちに誤解をされかねない。
「一度、帽子屋屋敷に戻りますね。エリオット、重ね重ねありがとうございました」
再度、深々と頭を下げ、エリオットに背を向ける。でも、
「待てよ!おい!」
エリオットに腕をつかまれる。痛い痛い。

「さっき俺が言ったばかりだろうが!帰り道でまた襲われたらどうすんだ!」
「ンな嫌な偶然、そうそう起きませんよ」
「いいや、あの迷子騎士はどこにでも現れる!」
妖怪現象みたいな人だなあ。というか経験でもあるのかすごく嫌そうな表情だ。
「いえ、本当に大丈夫ですから。出会っちゃったときは、もう仕方ないですよ」
「仕方ないわけがあるか!来い!」
「ど、どこに行くんですかエリオット!」
「服なら俺が買ってやる!とにかく一人でうろつくのはよせ!」
「ちょっとエリオット、落ち着いてください!」

…………
その後は特に何ごともなく終わりました。
私に新しい服をほとんど強制で買ったエリオットはやっと安心したのか、塔に私を
送り、会合に行ってしまった。
私は『エリオット様と密会したんだって〜?』『私たちに気を使わないで、堂々と
会えば良かったのに〜』と、噂好きの使用人さんどもにつつかれまくった。
どうもエリオットに会う言い訳に、嘘をついたと思われたらしい。
まあ向こうも、本気で私とエリオットの関係を疑ってるわけではないと思うけど。
が、こちらも嘘をついた手前、下手な対応がはばかられ、大変に苦労した。

とはいえ、その他はエリオット以外の役持ちに会うこともなかった。
帰りは帰りで、ボスたちのお迎え準備のため、私たち使用人は一足先に屋敷に戻り、
ブラッドどころかエリオットとも会わなかった。

…………
「はあ、すっかり種をまくのが遅れましたね」
そしてため息をつき、クワをかつぐ私だった。
ようやく平和な日常が戻って来た。
エースのことですっかり懲りたので、茶の木探しはあきらめた。
余った所にはタマネギやジャガイモ、ハーブなどを植えることにし、屋敷を通して
発注する予定である。
でも一足先にニンジンだ。
種の入った袋を担ぎ、さあ一仕事、と思っていると。
「ナノーっ!」
珍しくダルそうじゃない声で、使用人さんの一人が走ってきた。
ここにエリオット以外の人が来るなんて珍しい。
「どうしました?追加のお食事をいただけるんですか?」
「そんなので走ってこないわよ〜。とにかく、来てちょうだい〜」
何だか様子がタダごとじゃない。
私はクワを放り、使用人さんと一緒に屋敷の裏口に走って行った。
そこはちょっとした人だかりが出来ていた。

「これが届いたのよ〜。これ、いったい何なの〜?」
「へ……?」
私は自分の目を疑う。別の使用人さんは
「まだ上には報告してないけど〜、ニンジンを作ってるのってナノだけだよな〜」
「『俺のメイド』ってどういうこと〜?」
「へ?は?」
そして他の使用人さんが、メッセージカードらしき紙を渡してくれた。

『帽子屋屋敷でニンジンを作っている俺のメイドへ』

他に文は何一つなし。だがそれだけで、誰からか、誰宛なのか私には分かる。
「…………」
顔を上げた目の前には、騎士さまからのありがたい贈り物が広がっていた。
×××本はたっぷりある、お茶の木の苗木が……。

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