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■エースとエリオット

「…………」

……疲れた。精神的に激しく消耗した。あとお腹が空きました。
私は力を抜き、目を閉じる。
「どうしたの?抵抗しないの?」
エースが胸のボタンを外しながら、面白そうに言う。
「いえ、何て言うか、もうお好きにどうぞ」
「いきなり、あきらめちゃうんだ」
「これ以降で抵抗したらひどいことをされるでしょう?痛いのは苦手なんですよ」
純ヒロイン的には最後の最後まで抵抗するべきなんだろうけど、この世界の人らは、
やることに容赦がない。抵抗して心身に深い傷を負うよりは、自分から受け入れた
ことにした方がまだマシだ。アレだ。刃物を持った犯人には好きにさせるしかない。
ここらへん、前の世界で物扱いされてきた悲しい習性といえる。
「それでいいんだ、君は」
「何て言うか、こういう扱いには覚えがありますんで」
「あんまりそんな風には見えないけどなあ。君をひどく扱った奴がいるんだ」
「ええ。いろいろと」
異世界のあなた、と言っても分からないだろうなあ。
それきり力を抜き、目を閉じる。
あんまり痛くないといいなあ、と思いつつ。

けど、いつまで経っても、愛撫も始まらなければ服も脱げていない。
「……?」
目を開けると、エースは私を脱がせようという姿勢のまま微動だにしていない。
じっと私を見下ろしている。
そして私と目が合うと、そっと口づけてきた。
今度はさっきより優しい。
「君は可哀相な子だ」
「はあ?」
えーと。よく分からない。こちらから脱ぐ流れなんだろうか。面倒くさいなあ。
ボタンに手をかけようとすると、その手を押さえられる。
「抵抗したりしなかったり、かと思うと俺を助けようとしたりするしさ」
「ですからこちら側の事情と申しますか、助けたのも条件反射的な……」
「それに面白い。君といると、退屈しなさそうだ」
一人納得してうなずく。
そして視界が変わったかと思うとエースに引き起こされた。
何なんだ、体位を変えるんですかと思っていると、もう一度キスをされた。
優しく抱きしめられ、髪を撫でる手も穏やかだ。そして私の耳元で、

「なあ。本当にハートの城に移って、俺の恋人になってくれよ。
俺付きのメイドになれば働かなくていいし、ぜいたくも出来るぜ?」

「全身全霊でお断りいたします」
きっぱりとな。
「あと、やらないんなら、もう離してもらえませんか?」
「あ、そうだね。ホテルに行こうぜ」
会話のつながりが不明確。そして結局、目的は変わらないんですか。
エースは私を抱きしめたまま強引に立たせる。
何がきっかけなのか皆目不明だけど野外からホテルになった分、扱いがチョロッと
マシになったらしい。
……マシになったところで五十歩百歩だけど。

…………
クローバーの塔の商店街をエースと手をつないで歩く。一見、ラブラブカップル。
……が、よく見るとエースは私の手をガッシリつかんで逃げられないようにしてる。
元の世界なら、人目のあるところで大声を出せばいいんだけど、ここじゃエースは
役持ちだし、逆効果になるだけでしょうね。
「どのホテルがいいかな。君はどういうのが好き?あ、そういえば名前なんだっけ」
意地でも教えるか。もうあきらめてエースに引きずられていると、

「おまえ……騎士と何やってるんだ?」
顔を上げると、スーツ姿のエリオット=マーチが私を見ていた。

三月ウサギは、私と騎士の組み合わせに怪訝そうだった。
「何でおまえが騎士を連れてるんだ?迷子の案内か?」
と私に言う。で、私が何か言う前にエースが、
「ああ。これからこの子とホテルで愛し合う予定なんだ」
「……は?」
エリオットが凍った。
き、貴様、人通りの多い街中でなんてことを……。

「はあ?こいつを?あんた正気か?裏通りのガキだぞ?」
エリオットもエースの言葉に呆気に取られ、何かズレた返事をする。
するとエースはとがめるような声で、
「ひどいこと言うな、エリオット。俺は心が広い騎士だから、そういう残念な欠点
には無理やり目をつぶることにしてるんだ」
いや、あんたの言ってることの方がひどくないか。
お二人の言葉の刃が胸に突き刺さる。
「それに、控えめにしてるだけで、よく見ると可愛い子じゃないか」
「え?ま、まあいつも下を向いてるから、俺もあんまりじっくり見たことは……」
話が変な流れになってきた。エリオットにじーっと見られ、慌ててしまう。
「え、え、えーと、エリオットはお仕事ですか?」
心から血の涙を流しつつ、話をそらしてやる。
「いや、ファミリーの集合場所におまえが来ないから探しに来たところなんだ。
皆、心配してたぜ。さ、迷子は勝手に迷わせておいていいから、塔に行くぞ」
と手を差し出してくる。わざわざ私を探しに来てくれたんだ、と嬉しくなる。
が、空気をカケラも読まない騎士さまは、
「あ、悪いけどさ。エリオット。この子、俺の恋人になったからハートの城に移る
ことになったんだ。だからあきらめてくれないか?」

「はあ!?」
またもエリオットがぽかんと口を開ける。

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