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■騎士を助けるハメになる……

空はよく晴れている。
帽子屋屋敷の門で、顔なしの使用人さんは私に言った。
「ナノ、一緒に行かなくていいの〜?」
私は頭をかきながら使用人さんたちに言う。
「エリオット様に頼まれた仕事があるんです。後で合流しますから」

会合に行く時間帯のこと。といっても、この場に役持ちはいない。
エリオットやブラッドたち幹部メンバーは先に出発し、私たち下位の使用人は屋敷の
戸じまり(?)や後片づけをしてから出る、後発部隊である。
が、余所者たる私にこの世界のルールは適用されない。
よって本当は私は、会合に行かなくてもいいのである。
役持ちの方々が一箇所に集うこのチャンス、いかさない手はない。
「ナノはエリオット様のためなら、本当によく働くな〜」
別の使用人さんが、笑って私を見る。
「エリオット様は私の命の恩人ですから」
キリッと言ってみる。
実際はエリオットとは関係ないことで出かけるので、罪悪感がチクリとするけど。
けど、うんうんと微笑ましげにうなずいてくれる使用人さんたち。
「早くボスのお許しが出て〜、お屋敷で一緒に働けるようになるといいわね〜」
「……まあ何万時間帯か先ですよ」
『一緒に』は『私たちと一緒に』なのか『エリオット様と一緒に』なのか。

「ナノ。じゃあ塔で会おうな〜」
「後でね、ナノ〜」
「エリオット様のお世話をよろしくお願いしますねー!」
塔に行く使用人さんたちに手を振り、私も別方向に出発する。
向かうは『森』だ。

…………
そして森にたどりつき。
数時間帯もかからないうちに、私の胸は後悔でいっぱいになる。
「探そうと思って見つかるなら損はないですよね……」
農業なんたらの本にあった挿絵、それと記憶を頼りにお茶の木を探す。
「確か前の不思議の国では、ここらへんにダージリンの群生地があったはず……」
ゴソゴソとあちこちのしげみを漁る。
でも場所が違うのか、世界が違うからか、お茶の木は見つからない。
「やっぱり街に行きますかね……街……お茶の木の種なんて売ってるのかな。
売ってないでしょうね。前の不思議の国でも見かけたことがないですし」
あちこち探し、結局見つからず、すぐにくたくたになってしまう。
「ちょっと一休みしますか」
木の根元に座る。持参した袋からパンを取り出す。
「次はどこを探しますか」
と、のどかな森の風景を見ながら考えていると、

「うわあああっ!!」
目の前を赤いものが通りすぎていった。
「……………………」

私はもぐもぐとパンをかじる。
そして目の前では爽快な光景が広がっていた。
「止めてくれよクマくん!ちょっと君の獲物を横取りしただけだろう?」
木に必死で上る騎士。木にがじがじとよじ登ろうとしているクマさん。
騎士とクマ。いやあ実に牧歌的な光景だ。
と思っている間に、クマさんは本気で木に登ろうとしている。
どうやら木登り出来るタイプのクマさんらしい。
騎士の表情にも本気の焦りがチラッと見えた。
――これは本気でヤバイかもですね。
私は仕方なく足下の大きな石を拾い、両手で投げる。音でクマの気を引こうと思い、
「あ……」
ごっつんと直撃。大きな石が。クマさんの頭に。
――く……農業で筋力が鍛えられたことを失念していました!
グルルル、とクマさんが……騎士の比ではない殺意をもって私を振り返る。
「あれ、君、確か……」
木の上から聞こえる騎士の言葉はもう知らん。
「いやあああっ!!」
かくして走るのは私になりましたとさ。

…………
私は地面に座り込み、息切れしていた。
「はあ、はあ……だ、ダメかと思いましたです……」
クマさんの爪が首をかすめたとき、今度こそ終わりだと思った。
が、間一髪で助けが入り、どうにかなった。
「あははは。もう安心だよ。この正義の騎士がクマくんを追い払ったからね」
「…………」
いや、原因は貴様だろうと振り向く。
会合仕様のスーツに着替えた、ハートの迷子騎士エース。
ここはクローバーの塔から離れた森だけど、あえて経緯は問うまい。
エースは流れるような仕草で、クマを追い払った抜き身の剣を……私の首に当てた。
ひんやりした硬い感触に、背筋に悪寒が走る。
「久しぶり。帽子屋ファミリーの顔なし君。この前はどうも」
「……お久しぶりです。エース様」
役持ちは全員、塔につめているだろうと思った私が馬鹿でした。
「あははは。エースでいいよ。いちおう敵対領土だしさ」
「さいですか、エース」
それでと、エースは剣に力を入れる。
わ、あと少し力をこめられたら首の皮膚が切れる。

「それじゃ、消される覚悟は出来た?」

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