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■お茶の木を育てよう!

「うーむ……」
畑の前で青空を見上げ、うら若き乙女はクワをかついで悩む。

ニンジン畑を引き続き制作中である。
堆肥や肥料の散布は終了。ニンジンを育てるための『うね』を作るのも終わった。
つまり、あとは本当に種をまくだけだ。
「でも、どうやってもこれじゃあ畑が余りますね……」
問題はニンジンの種が少なすぎること。しかも追加の種はどこも売り切れだった。
「なら、他のものを作るべきですね」
下っ端だから仕方ないとは言え、ご飯の量が少ないんだ!
あと、お金になる作物を植えれば、屋敷で買い取ってもらえるかもしれない。
「初心者にも育てやすそうな作物を探しますか……おっと、夜ですか」
時間帯が変わり、夜になる。
ブツブツ言いながらクワを畑に立てかけ、小屋に戻った。
暖炉に行き、暖炉の中に積めこんだ紙くずや木の枝にライターで火をつける。
少したち、暖炉に明るい炎が上がった。
「ふう……」
長い枝で火をちょっととり、ランタンに移すと室内が明るくなる。
私のはその枝を、また暖炉に放り、椅子に腰かける。
そしてエリオットに借りた本を開いた。
「ふむ。イチゴ、メロン、ラズベリー……」
そんな単語に目が行くけど……うわ、やはり難易度激高ですな。費用も高いし。
「ハーブなんか簡単そうですかね」
確か元の世界でも、初心者用のハーブ栽培キットが売ってたっけ。
ただ用途が少ないし、売っても二束三文。でもちょっとは作っておきたいかな。
「とりあえずハーブは決定、と。あと他には……」
さらにページをめくる。
「ふむふむ。トマト、キュウリ、ナス、ジャガイモ……」
ここらへんは食料に直結するし、売ることも出来る。
「初心者向けのジャガイモの栽培法は……うわっ」
そのページをメモろうとし、うっかり指がすべって全然違うページを開けてしまう。
「うわ、ジャガイモのページってどこでしたっけ!」
そのとき、あやまって開いたページの文字が目に飛び込んだ。

『お茶の木の栽培法』

その木の学名をカメリア・シネンシス。
通称を『お茶の木』。
ツバキ科の常緑樹で、新芽や若葉は、紅茶や緑茶の原材料になる。
そう、実は紅茶も緑茶もルーツは同じ。
ただ製法が違うだけなのである。

…………
私は時間帯の経過も忘れ、お茶の木の栽培法の章を読み込んだ。
栽培地作り、苗木の定植法、枝ならし、土壌管理、病害虫駆除、摘み取り……。
でも、ありえない。個人が、素人が紅茶を栽培しようなんて。
気候も土壌も条件がとても厳しい。
それなりの量を作ろうと思えば苗木が×××本は必要だ。
時間もお金も手間もすごくかけなければいけない。
そもそも摘み取りまでに何年もかかる。元の世界ではまず不可能だ。

でも、全てがデタラメな不思議の国なら……不可能じゃないかもしれない。

胸がドキドキする。新しい不思議の国に来てからずっと感じなかった高揚を。
「私が……紅茶を自分で作る……」
心の中に光が差し込んだように明るくなってきた。

…………
「おいナノ、大丈夫か?」
エリオットの声がし、私はハッとして本から顔を上げた。
「あ、エリオット。いらっしゃい」
「おいおい、今まで気がつかなかったのか?ランタンもつけっぱなしじゃねえか」
呆れたような声。確かに、窓の外は明るい青空。
どうも本に熱中していたらしい。
「どうした?何かいいことがあったか?」
「え?」
「顔が明るいぜ。今にも笑い出しそうだ」
「そうですか?」
「ああ」
三月ウサギは、前の気まずい空気は一切引きずらない。
私に良かったな、とだけ言って頭を撫でてくれた。
「裏口の使用人どもが心配してたぞ。食い意地はってるおまえが来ないって」
あ。そうだ。パンとスープ受け取りに行く時間帯だったっけ。
……あと、食い意地はってないもん。
「代わりにもらっといてやったぞ、ほら」
エリオットはパンの入った袋とスープの缶をくれた。
「ありがとうございます、エリオット」
ありがたく受け取り、朝食分を一口かじる。たまにはバターとかつけたいなあ。
「うまいか?そっか、良かったな」
そんな私の頭をまた撫でるエリオット。最近撫でるのがブームなのかな。
そしてよく見ると、エリオットはまた、あのカッコいいスーツ姿だった。
「会合に行かれるんですか?」
「おまえ聞いてないのか?全員で行くんだよ」
「私も行くんですか?」
「当たり前だろ。そういうルールなんだから」
エリオットは言う。ルール。どうだろう。
多分私はそれに入らないだろうな。いろんな意味で。

それから私はエリオットに、ニンジン畑や、種が少ないことを話した。
エリオットはボスのしたこととあって、怒るに怒れないようだ。
「そっか。ブラッドがニンジンの種を取ったのか……ブラッドがやったことじゃ、
仕方がねえ。何かブラッドなりの深い考えがあったんだろう」
深い考えって。『ニンジンを育てさせたくない』だけじゃダメなんですか。
「ま。十分の一の量でも、俺とおまえが食うには十分だしな」
『俺とおまえ』?いつの間に私が食べることが確定に!?
「まあ作業が少なくていいだろう。あとは放っといて、余った時間は遊んでろよ」
「そういうのは嫌ですよ。せっかく耕したんですし、何か育てます」
そう言うとエリオットは私の額にキスをする。私に優しく笑い、
「くそ真面目な奴だなあ。それならおまえに任せる。俺の金を好きに使っていいぜ」
「ありがとうございます、エリオット」
エリオットは、じゃあブラッドと打ち合わせがあるからと、手を振って出て行った。
残された私はパンの残りを口に押し込み、立ち上がる。
エリオットの許可もいちおう出た。もうじっとしてなんかいられない。

お茶の木を栽培する!!

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