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■騎士との最低な出会い・下

「…………」
林の中はひとの気配がなく、昼間でも自然と早足になってしまう。
すると背後の足音も少し早くなる。
「…………」
私は立ち止まり、後ろを振り返る。
「あのですね、ついてこないでくれませんか?」
すると少し離れて歩いていたエースが心外そうに言う。
「ええ?俺も君と同じ方向に向かっているだけだぜ?」
「同じ方向も何も、私はクローバーの塔の方角に向かっているんです」
ハートの城は全く別方向だろうに。
「あはは。別に行くのはどこでもいいんだ。
どうせなら、女の子の護衛でもしようかと思ってさ」
「役持ちの御方が、敵対領土の顔なしの護衛を?」
「あ、そうだね。敵対する領土の人間だよね、君」
今気づいたんですか、あんた。
でもエースは一気に距離をつめ、また私の手首をつかむ。
「……あの、離して下さい」

「なら、襲うのもアリかな」
心臓がドクンとなる。私は必死に手首を振り回し、
「――っ!は、離してっ!!誰か!!」
周囲に誰もいないと知りつつ必死に大声を出し……騎士の爆笑を耳にした。

「は……あはははは!じ、冗談に決まってるだろ!真に受けないでくれよ!」
笑って笑って、なおも笑い足りないのか、地面にうずくまってなおも笑っている。
「…………!」
私は怒りと羞恥で真っ赤になり、エースに勢い良く背を向けて歩き出した。
さっきの比ではない早足だ。
でもエースにすぐに追いつかれる。
「お、怒らないでくれよ。まあ、俺の好みとしてはちょっとアレだけど、遊び相手
になら考えてあげてもいいぜ?何なら今から街のホテルに行く?」
悪質な冗談を無視する。
けど、無視もあまり有効ではなかったらしい。
騎士はいつもの騎士だった。

「なあ、そこまで怒るなら、今ここで相手をしてあげようか?」
「――っ」

今度は冗談を言っている様子ではない。
うかつだった。
クローバーの国のエースは、絶えず八つ当たり相手を探してるんだった……。
「いえ、結構です。それと女性にそういう冗談は止めてください」
額にうっすらと汗がわく。冷たい汗か怒りの汗か分からない。
でも騎士さまは動じた様子もなく、なれなれしく私の肩に手をかける。
「君さ……何か面白いよな。よく分からないけど、普通の顔なしと何かが違う。
抱いてみたら、それが何なのか俺にも分かるかな」
「あなたという人は……!」
怒りで騎士を見る。
でもエースがまっすぐに私を見すえ、手をのばした。
そして私の表情を見、
「そう怯えた顔をしないでくれよ。俺は騎士だから優しくするぜ」
そう言って緋の瞳を細める。

「だから君も……辛い思いをしたくなかったら、あんまり抵抗しないでくれよ」

この銃弾飛び交う世界。役持ちの前には、顔なしは人権がないも同然だ。
――この……最低男……!
嫌悪と怒りがないまぜになり、私の黒い感情を引き出してしまう。
そして叫んでいた。

「ユリウスがいないからって、子どもみたいな八つ当たりは止めてください!」

エースが止まった。
私はその一瞬の隙を見逃さず、来た道を戻る方向に走り出す。
でも怒りはまだ収まらない。
振り向くと、笑顔を消し、呆然と私を見る騎士がいた。
「……何で……ユリウスの名を……」
必死に繕おうとしている。でも仮面ははがれたも同然だ。
私はさらに追い打ちをかけた。

「あなたなんて、いつまでも迷い続けていればいいんですよ!
どうせ永久に時計塔には、たどり着けないんですから!」

「――っ!」

エースの表情が今度こそ凍りついた。
そして私は、爽快な気分で帽子屋屋敷への道を疾走した。

…………
暖炉の火がパチパチと燃えている。
炎が三月ウサギの横顔を赤く照らしていた。
椅子に座り、足を組むエリオットは不思議そうに私に、
「ナノ、どうしたんだ?いつも暗いけど、今はもっと暗い顔してるじゃねえか」
私は薪を火にくべるのを終え、椅子に戻る。でも顔はうつむいたまま。
「はあ……」
「ニンジンの種まきは終わったのか?」
「ええと、まだ……」
「おい、ナノ?」
「はあ……」
もう夜の時間帯。ショックで何もする気になれなかった。
いただいたパンさえ手つかずのままだ。

あんまり私の反応が薄いので、エリオットもタダ事ではないと思ったらしい。
「おい、まさか使用人に何かされたのか?門番どもが悪さしたのか!?」
「いえ帽子屋屋敷の人には何も……」
「は?」
「ああ、いえ、その、何でも……」

自分がまたも嫌になっている。
女として到底許せないことをされそうになった。
騎士の気分次第では、最悪、命が危なかった。
で、身を守るため、手段を選ばずユリウスの名を出した。大切な人の名を。
そして、いくら怒っていても言っていいことと悪いことがある。
エースのしようとしたことは許されない。
でもそれはそれとして、そういう自分の陰険さというか暗さというか、そういった
ことを直視させられ、まあ、自己嫌悪を。
――しばらくは屋敷から出ない方がいいかもですね。
あんなことを言ってしまったのだ。次に会ったときは斬られかねない。

「おい……」

そのとき低い声がした。エリオットが私を見ている。低い低い声で、
「『帽子屋屋敷の人には何も』?なら帽子屋屋敷以外の奴に、何かされたのか!?」
「え……っ!」
エリオットが激昂して立ち上がった。

「どこの奴に何をされた!俺が始末してやるっ!!」

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