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■ナノの〇場物語・下

「すげえな、一面の荒れ地だったのに……」
久しぶりに小屋に来たエリオットに、種まき前の畑をご披露する。
エリオットは雑草が引き抜かれ、平らにならされた畑に驚いたようだった。

「こんなに短い時間帯でなあ。うちの奴らなら三倍かかっても、絶対に無理だ。
あいつらにおまえを見習わせたいぜ。あのサボり魔ども、ケシ畑を作るのだって、
大人数であれだけかかったのによ……情けねえ」
そりゃ、帽子屋屋敷の皆さんは総じてダルそうだもの。
派手なドンパチじゃない土いじりなんて絶対に嫌がってサボりそうですよね。
……ていうかケシって何に使うんだろ。観賞用かな。
「エリオットだって、たくさん手伝ってくれましたから」
大きな石をどかしたり、頑固な木の根を抜いてくれたり。本当に助かった。

「あとはここにニンジンの種をまき、地道に育てるだけですね」
そう説明すると、エリオットは嬉しそうに何度もうなずく。
「ああ!おまえなら絶対出来るって!」
「でも、初めてだから失敗するかもしれません。土壌酸度は大丈夫だと思いますが
女の耕作なので耕土が浅めで、通気性や排水性に不安がありますし……」
あとニンジンは病気よりも害虫が多いんですよね。毛×とか、取れるかな……。
「え?ど、どじょうさんど……?」
「ええ。野菜栽培には適したpHがあるんです。エリオットが貸して下さった本に
書いてありました。あ、すみません、お読みになってませんでしたか?」
ブラッドの本棚から借りてきたらしい農業なんたらという分厚い本だ。
一から畑を作るのに、大いに役立ってくれている。
「えーと。あー、いい、いい!難しい話はいいって!とにかく、よくやったな!」
焦ったようにそう言い、エリオットは持参した紙袋からブレッドを取り出した。
「ニンジンブレッドを持ってきたんだ。一緒に食おうぜ、ナノ!」
でも私は首を横に振る。
「種まき前にもう一度、土質をチェックしたいんです。
若干、pH5.5と若干、酸性でしたので。あと、うね立ての準備を……」
「いいって、いいって!おまえは働き過ぎなんだ、いいから来い!」
「わ、わわ!」
エリオットに引っ張られ、私は持っていたクワを放り出してしまった。

…………
麦畑は、いつ来ても穏やかな風が吹いている。
私は正座し、ヘルシーなキャロットブレッドをかじっていた。
横になってパンをかじりながらエリオットが言った。

「おまえ、もう少し自分に自信を持ってもいいと思うぜ」

「へ?」
「未だに笑わねえだろ。いつも自信無さそうに下向いてるし」
「そ、そうですかね」
何しろ、蝶よ花よと甘やかされた前の不思議の国からの転落っぷりだ。
自分で選んだこととはいえ、己の駄目さに直面して自己嫌悪病発生中であります。
そしてブレッドを食べ終わったエリオットは起き上がり、真面目な顔で私を見る。

「俺が適当でいいって言ってるのにコツコツ頑張って、短期間で畑を作っちまった。
ブラッドの分厚い本まで読みこなしてな。
金だって、全部、農作業や小屋の生活に回して、遊びになんか一度も使わねえ」
あ、さすがNO.2。いちおうお金の使い道もチェックしてたんだ。
そしてエリオットは笑う。
「小さいのに真面目で一生懸命で、いい奴だ!おまえが無能だなんてありえねえ!」
「…………どうも」
コメントしようがなく、とりあえず頭を下げる。
だってニンジン畑を作らないとエリオットにまで見捨てられてしまう。
ダメダメナノさんも真面目キャラにジョブチェンジしますわな。
でもエリオットは『クールな奴だな』、と笑った。
私は、もっとブレッドはないかなとエリオットを見る。
そしたらエリオットも私を見ていた。ブレッドをくれますか?こっそり期待。
「…………」
すると私を見ていたエリオットが、片手で私の髪に触れ……そっと額にキスをした。

「?」
エリオットは顔を離し、私に微笑む。
ピンと立ったウサギ耳が風にちょっと揺れている。
「やっぱり俺の目に狂いはなかったな。最初に会ったときに思ったんだ。
『こいつは他の奴らと何かが違う。ただの顔なしのガキじゃない』ってな」
……いえ、それ多分、私が『余所者』だからなんですが。
余所者の判別は、ブラッドやユリウスなんかの、領主クラスのカードに付与された
能力らしく、エリオットあたりのクラスでは分からないそうだ。
よってエリオットは未だに私を、裏通りの顔なしだと思っている。
私は顔なしのフリをしてエリオットに頭を下げるだけだった。

「おまえの作ったニンジンを食えるのが楽しみだぜ」
エリオットは上機嫌で笑った。

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