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■久しぶりに紅茶を淹れる・下

私はそれを聞くなり紅茶どころではなくなる。
湯気を立てる紅茶をテーブルに置くと、脱兎のごとく室内を走り、エリオットの部屋に入った。
逃げる場所などなく、そのままベッドに潜り込み、頭から布団をかぶる。
――ど、どどどどどうしよう……。
エリオットが会合に遅れたこと?それともお茶会に遅れたことが?思っていたより
ブラッドの逆鱗に触れ、ボスはたいそうお怒りらしい。
それで制裁として、原因となる顔なし……というか私を始末するようだ。
――どうしよう、どうしよう。
余所者とはいえ一目惚れのごとく愛されるわけではない。
珍しい余所者と気づいても、そこはブラッド。怒りが勝れば処分されるだろう。
逃げるにしてもここは高い塔の部屋。出口は私が入ってきた一つきり。
私は布団の中で、迫り来る危険にぶるぶると震えた。

そして外では誰かが怒鳴る声、笑う声、叱責する声、はやしたてる声が聞こえ……。

突然、静かになった。

「……?」
それから長い沈黙があり、外でボソボソと話す声が聞こえる。
私は状況をうかがおうと、そっと布団から顔を出す。
部屋の扉をちゃんと閉めていなかったため、声がわずかにもれ聞こえる。
「え?俺は違いますけど〜」
「覚えがありませんよ〜」
「私もですう〜。たった今まで会合に行ってたじゃないですか〜」
戸惑ったような使用人さんたちの声。
そして、やけに動揺しているらしいブラッドの声がする。

「こんな見事な、神がかった紅茶を!いったいどこの誰が……!」

ええと、まさか……。

「入ってきたとき、部屋に使用人なんていたっけ?」
「誰かサボって、紅茶でも淹れてたんじゃないの?会合なんてダルすぎだもんね」
大人バージョンのディーとダムの声。
「俺たちが会合に行っている間、この部屋に残っていたのは……」
そして沈黙。
「ちょ、ちょっと俺、あいつに聞いてくる!」
エリオットがバタバタと走る音がし、扉が開いた。

「おい、ナノ!」
ずいぶんと動揺したようなエリオットの声。
私は緊張を必死で隠し、わざと眠そうな声を出し布団の中からエリオットを見る。
「エリオット〜、眠いですよ〜」
「え……おまえ、今まで寝てたのか!?」
「当たり前じゃないですか」
単純な三月ウサギは演技と思いもしないようだ。
「なあ、おまえ……まさかとは思うけど、さっき紅茶を淹れなかったか?」
心臓の鼓動が跳ね上がる。
私は全身の演技力を総動員させ、
「こうちゃ?ええと、バーでティーバッグをお湯につけたことぐらいは……」
するとエリオットが肩の力を抜く。
「そうか……だよな。そうだよな。おまえみたいな裏通りをうろついてるガキが、
あの紅茶を淹れられるわけないもんな。我ながらどうかしてたぜ」
納得したようにうなずいた。私はひとまず演技が成功し、ホッとする。
つまり、さっきブラッドが私の紅茶を飲んだらしい。
自慢ではないけれど、いちおう店をやっていた身だ。それなりのものは淹れられる。

でも、ここで私と名乗り出ることは出来ない。

名乗ればボスの歓心を買い、その後の待遇もグッと良くなるだろう。
けど、それでは前の世界と同じ事だ。
余所者は放っておいても好かれ、愛されてしまう。
この世界でまで、前の世界と同じ苦労を味わいたくない。

「ナノ。それじゃあ、誰か部屋に入ってきたか?」
エリオットの問いに、私は考えるフリをし、眠そうな声で返す。
「エリオットがお戻りになる直前に、誰かが部屋から出て行く音がしたような……」
最後まで言い終わるより先に、エリオットは私に背を向け、バタバタと走っていく。
「ブラッド!俺たちが戻る直前に、部屋を出て行った奴だって!」
すると、すぐに何人かの使用人さんや双子たちが出て行く音がする。
そして扉の向こうからは、ブラッドが紅茶を飲む音が聞こえた。

大丈夫なんだろうかと、私は引き続きドキドキする。

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