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■三月ウサギに風呂に入れられる・上

クローバーの塔は、ずいぶんと久しぶりだった。

バタンと扉を開けると、エリオットは私を部屋に入れた。
入るとき、一瞬緊張したけれど中にボスや門番はいなかった。
「ここがクローバーの塔の、俺の部屋だ」
「はあ……」
緑を基調にした、広くて品の良い客室。懐かしさにキョロキョロしていると、
「こんな豪華な部屋は初めてか?部屋の備品を盗むんじゃねえぞ」
「しませんよ」
失礼なことを言われ、ムッとする。
でもエリオットはさっさとスーツのジャケットを脱ぎ、ベッドに放り投げる。
そして居心地悪くしている私を振り返り、
「よっし、まず一緒に風呂に入るぞ!」
「はあ、わかりました」

…………は?

「は?何で私があなたとお風呂に入るんですか?」
するとエリオットが呆れたように、
「おまえ、自分がどんなに××××みたいな格好をしてるか気づいてるか?」
「う……っ!」
そこまで言うかと衝撃を受ける。
しかし己を見下ろしてみると、確かにきれいとは言いがたい。
汚れが元に戻る世界にも関わらず、服は汚れ、シワでよれよれになり、肌も荒れ、
髪はボサボサ。その日(?)暮らしの過酷な生活ゆえだ。
この調子では、お顔がどんなことになってるか、鏡を見るのも怖い。
「俺が囚人の時だって、こんなに汚れちゃいなかったぜ。
白ウサギがおまえを見たら、それだけで絶対に撃つぞ。ほら来いよ」
言って、私の手を引っ張ってくる。
「わ……それなら一人で入りますから!待って、ちょっと!!」
「怖くないから入れよ!そんなに嫌がってると病気になるぞ!」
「いえ、別に私は風呂嫌いなわけじゃ……待ってーっ!」
……またもズルズルと引きずられていった。

「…………」
エリオットの裸体が直視出来ない。
前の世界では×××なわたくしでしたが、さすがにエリオットとは関係しなかった。
肩の銃創だの、何か分からない刺し傷の痕が気になりつつ、もじもじとバスルームの
隅っこに立つ。けれど鈍感ウサギは逆に私の身体を上から下までじろじろと見、
「ふーん、ガキでもちゃんと女なんだな。あんまり色気がないから、たまに『実は
女装した男なんじゃないか』ってちょっと思ってたんだ」
「はあ……」
大変に大変に失礼なことを言われているのだけど、ここまでお世話になっては反論が
ためらわれる。そしてエリオットは浴室の椅子に腰かけるよう、私に言った。
「よし。洗ってやるから座んな」
「え……いきなり洗うんですか?」
一部屋分はありそうな大きなバスタブを見ると、
「そんな汚くて入れるかよ。ほら、背中を流してやるよ」
「はい……」
もう逆らっても無駄だろうと、恥じらいを捨て、渋々座った。

…………
「い、痛い!エリオット、手つきが乱暴ですよ!もっと優しく!」
「黙ってろ!余計痛いぞ!」
「いやーっ!」
ガシガシと、赤くなる勢いで身体を洗われています。
もちろんエロいことは何一つございません。
そして洗われるのは初回ではなく、三度目。まあ、それくらい汚れが、ね……。
ちなみに頭も同じくらいの回数、洗われた。
そして終わると予告無しにシャワーをざっぱーんと全身にかけられる。
うう。悔しい。でも気持ち良い!
エリオットは全て泡を流すと、汚れの落ちきった私を満足そうに見て、
「これですっかり落ちたな。よし風呂につかってこい!」
「はい……」
命令にもはや逆らう気力もなく、ヨロヨロとバスタブに近づき、足をひたす。
わ、暖かい。
香料も入れてあるのか、とてもいい匂いだった。
「よっと……」
ちゃぷっと肩まで全身をつからせ、腰かけになっている場所にお尻を下ろした。
「…………ふう」
バスタブの外ではエリオットが手早く自分の身体を洗っている。
お風呂なんて、どれくらい久しぶりだろう。
ミルク色のお風呂につかり、湯気が立ち上るのを見ていると、何やら幻想的な気分に
なってくる。自分は実は路地裏に倒れていて、夢でも見てるのかとさえ思えてきた。
「おー、いい湯じゃねえか」
幻想をざっぱーんとぶち壊し、エリオットが私の隣に入ってきた。
「何、考えてたんだ?」
なれなれしく私の肩に自分の腕を回し、抱き寄せてくる。
ちなみにエリオットも私も、タオル一つ巻いていない。
でもエリオットの目にいやらしさは全くない。なので私も平静を装い、応じた。
「……夢でも見てるんじゃないかって思ってました」
「そっか。今までろくな生活してなかったからな……」
エリオットは感慨深げに私を見る。可哀相な子を助けたという満足感なんだろう。
抱き寄せてくれる手がとても熱い。
とりあえず、変な展開にはなりそうになく、お腹が満たされ身体もきれいになった
私はとても気持ち良い。あまりにも気持ち良くて、全身がずるずると……。
「お、おい!風呂の中で寝るなよ!」
「…………」
ぶくぶくと水面に泡が立ち、エリオットが焦って立ち上がるのが見える。

それきり、私は寝てしまいました。

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