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■三月ウサギに連れていかれる

あれからまた時間帯が経過した。
言葉通り、会合が始まってから三月ウサギは姿を見せない……はずだった。


青々とした麦が風にそよそよと揺れている。空はどこかもの悲しい夕暮れ。
「…………」
私は麦畑に横になり、あらわれた彼を見上げる。
「生きてたみたいだな、ナノ」
「まあ、何とか……」
久しぶりに見たエリオットは、マフィアっぽいスーツ姿だった。

私は仕方なく起き上がる。
「会合が始まったんじゃなかったんですか?」
「抜け出してきたんだ。それよりメシ、持ってきたぞ!」
そう言ってずっしり重そうな袋を、得意そうに見せた。
いい匂いにお腹の虫がなるのが悔しい。
「今回はすげえぞ。ニンジンケーキにニンジンパイ、ニンジンスティックに……」
以下省略。エリオットは地面にシートを敷き、食べ物を広げ、私に笑いかける。
「さ、食おうぜ!」
……何なんでしょう。
とりあえず、丁重にお断りしてみる。
「ええとですね、エリオット。私はここで休んでいただけなのでお構いなく……」
「ガキが遠慮すんなって。ほら食え食え。全部食べていいんだぞ」
冗談じゃない。そう何度も施しを受けたくはない。
「あの、ご親切はありがたいですが、私は……」
「またここに来たってことは、寝る場所も見つかってねえんだろ?」
「う……」
私は言葉につまる。

夢のような不思議の国でも、ダメダメナノさんの就活事情はさして好転せず。
探しても見つからないか、露骨に怪しげな仕事だったり給料未払いだったり。
断られ罵倒されれば鈍感な神経もすり減ってくる。かといって疲れたところで女一人
路上で寝るなんて危険なこと、出来るわけもない。
やむなく、誰も来ない麦畑で休んでいたのですが。

「会合が始まってもおまえのことが頭を離れなかったんだ。腹を空かして行き倒れて
ないか、クズに襲われてないかってな。撃つときも、それで考え込んで困ったぜ」
「……さいですか」
「それで塔から出て来たんだ。やっぱりここにいると思ったぜ!」
……自分の推理に自分で得意顔。けど私はかなり複雑だ。
何より、哀れみを受ける身に堕ちたつもりはない。
「ですから、私はですね、自分のことは自分で……」
「ほら食えよ!これが一番のオススメなんだ!」
クリームたっぷりのケーキを目の前に差し出され、悔しいけど生つばがわく。
「ええと、エリオット……」
「うちの料理人の自信作だ!食べろよ!」
「……はい」
――まあここまで来ていただいて、一口くらい食べないと失礼ですか。
ほんの一口だけ。それで終わり。
押しつけられたケーキを一つ受け取り、私は一口かじり、

……そこから先の記憶が少々失われています。

「――はっ!」
気がつくとシートの上に出された食料はほとんどゼロになっていた。
「おまえ、小さいのに相変わらず、よく食うよなあ」
横になり、残り物のニンジンスティックをかじりながらエリオットが言う。
そして私は異様に満ちたりた気分と満ち足りた胃を抱えておりました。
――ええと……その……。
いくら飢えていたとはいえ、他人の前でみっともなく食いまくってしまったことが
ショックで、気まずくエリオットを見ると、
「何だ?もうねえぞ。いや、あるか……よし、今から塔に行くぞ」
そう言って立ち上がって歩き出す。

――塔って……クローバーの塔……ですよね。

私はポカンと口を開ける。何の話なんだろう。
少し進んで私がついてこないことに気づいたエリオット。振り返って、全く動いて
いない私を見ると舌打ちし、麦畑の中から手招きする。
「いいから来いよ。次の会合もあるし、俺は忙しいんだ」
……話が早すぎて何がなんだかサッパリ分からない。
「いったい何の話なんですか?エリオット」
「もともとおまえを連れてくるつもりで来たんだ。いいから来い。マフィアの仕事
なんかさせねえから」
「ええと……」
つまり面倒を見てくれるつもりらしい。
でも、会わないと決意してるのにブラッドや双子たちに会うのは困る。
役持ちの人たちとはお近づきになりたくない。
「あのですね、エリオット。繰り返しますがご親切はもう十分です。私は……」
すると苛々したように遮られた。
「あのな、会合で街も物騒になってんだ。流れ弾に当たったらどうするんだよ!」
「いえ、どうするも何も、あなたに私についての責任があるわけじゃあ……」
「俺が持ってきた飯を食っただろ!」
「だ、だって、それはあなたが勝手に持ってきたんでしょう!」
でもエリオットは聞く耳を持たないのか、ズカズカとこちらにやってきて、私の腕をつかむ。
「いいから行くぞ!」
「ちょ、ちょっと!エリオットっ!」

抵抗虚しく、私は三月ウサギに引きずられていった……。

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