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■麦畑で三月ウサギに出会う3

「おまえ、会うたびに別の場所にいるよな」
「…………」
『ある建物』から出て来た私にエリオットが言う。
建物の詳細は語るまい。
ただ看板には大変に露出度の高いお姉さんが描かれているとだけ。
てか、エリオットはこの建物にこれから入るところか。
エリオットは私と建物をしげしげと見比べ、
「仕事探しか?この店はかなりレベルが高いぜ。
言っちゃ悪いが、おまえの外見じゃ厳しいな」
「……言っておきますけど、厨房の皿洗いですよ?」
さすがにそこまで自分に自惚れてはいない。
本当に皿洗いの面接だ。ただこういう場所の皿洗いは重労働。
腕力が無さそうな外見が災いし、お断りされた。
エリオットはやつれた顔の私をじっと見、
「ていうかさ、おまえ、こういう店に抵抗ねえの?
もしかして経験あるのか?そんな風には見えねえけど」
エリオットがまた私に話しかけてくる。
てっきりさっさと建物に入ったと思ったのに。
あと、さして親しくもない相手に、いきなり何を聞くか……。
「…………それなりに」
前の世界で役持ちとそれなりにいろいろあったもので。
「それでは私はこれで」
「……ああ、がんばれよ」
エリオットは何か言いたそうだったけど、結局は建物に入ってしまう。
私はそれを確かめて、また歩き出す。
――けど本当にどうしましょう……。

トボトボと去ろうとして……倒れた。
ああ、頬に冷たい地面が。

「おい!大丈夫か!?」
倒れた音を聞いたらしい。エリオットがバッと建物から出て来た。
慌てふためいて駆けてきて、私を抱き起こす。
「怪我はねえな。しっかりしろよ」
「…………大丈夫です」
「大丈夫じゃねえだろ!どれだけ食ってねえんだよ!」
えー。自分で『大丈夫か』って聞いといて。
「ほら立てよ、ガキ一人分くらいおごってやるから!」
「いえ、いいですから……」
でも、抱きかかえる勢いでエリオットは私を連れて行ったのでした。

…………

おいしい、おいしい、おいしい。まともな食事なんて久しぶりだ。
文字通りにがっついているとエリオットが私を止める。
「おい、急いで食うなよ。ずっと食ってないのに一気に食うと戻すぞ!」
客が大勢いるレストランで、大声で叫ばれましたよ。
いろんなお客さんに見られ、私も顔を赤くして食べるのを中断する。
だって空腹期間もかなり長かったし、そこにパスタだのハンバーグだのシチューだの
パンだのポテトだのと大量に出され……乙女のたしなみを捨てました。
「誰も盗み食いしねえから、ゆっくり食え。ほら、口ふけよ」
「むー……」
エリオットにごしごしと口元を拭かれ、私はやっと一息つく。
お冷やを一気のみし、やっと生き返った気がした。
「ありがとうございます。あなたは命の恩人です」
深々と頭を下げると、エリオットは頬杖をつきながらうなずいた。
「でさ。おまえ、やっぱり帽子屋屋敷に来るか?」
「え……」
フォークを止め、エリオットをまじまじと見る。
初対面のときからそうだけど、何だってここまで親切にしてくれるんだろう。
余所者好かれの法則はそんなに早く発動しないはずなんだけど……。
「働くとこがないんだろ?」
「それはそうですが。だってそんなお世話を受ける義理は……」
数回すれ違っただけで、初対面では撃たれかけた。
私が倒れていなければ一緒に食事どころか、永久に会わなかったかもしれない。
するとエリオットはキャロットケーキをかじりながら、
「俺、腹をすかしてるガキには弱いんだよな」
「……え」
そういえば前の世界のエリオットは、子どもの頃は生活が苦しかったと言っていた。
うーむ、自分の境遇と重ねて同情したのかな。
「ありがとうございます、エリオット……さん」
私は頭を下げる。でもこの世界ではエリオットは数回会っただけの実質他人だ。
「私は一人で頑張りますので。ご親切には……」
「遠慮するなよ。あと、俺のことはエリオットでいいぜ」
「はあ……エリオット」
まあ、前の世界では呼び捨てだったから、ここはお言葉に甘えよう。
「でも、帽子屋にはちょっと行きたくないので。すみません」
「何でだ?」
エリオットはきょとんとしている。
「何でって……だって、マフィアですし」
「ああ。それが?」
「…………」
ちょっとちょっと。
「何が問題なんだ?おまえ、裏通りで働いてたし、ちょっと足をのばしてマフィアの
屋敷で働いたって不思議じゃないだろ」
不思議じゃないんだ……いやいやいや、不思議でしょう、やっぱり!
「ええと、でもですね。私はあなたが仰ったようにトロいし、あちこちクビに……」
「かまわねえよ。屋敷は広いから、おまえが出来る仕事も必ず何かあるって。
皿割ったくらいでごちゃごちゃ言う奴がいたら、俺が撃ってやるよ」
にっこりと笑う。私は困ってしまった。

「私、マフィアが嫌いなんです。以前、ひどい目にあいましたから」
「え?どこのファミリーに、何をされたんだ!」
エリオットの声に物騒なものが混じる。今にも銃を取り出しそうだ。
他のファミリーにひどい扱いを受けたと勝手に思ってるんだろう。
――困りましたねえ……。
「帽子屋ファミリーのあなた方のボス、ブラッド=デュプレその人にですよ」
まあ、正確には前の世界のブラッドだけども。
エリオットはあ然としたようだった。
「え?ブ、ブラッドが!?ガキのあんたに何をしたんだ!?」
「ごちそうさまです。自分のことは自分で何とかするので、もう構わないで下さい」

私は立ち上がると、エリオットに深々と頭を下げ、振り向かずに店を出て行った。

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