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■麦畑で三月ウサギに出会う2

「何で帽子屋屋敷に来なかったんだ?」
再会したエリオットは私の顔を見るなりそう言った。

場所は裏通りの酒場の前。私は客引きの最中。
エリオットは仕事中なのか、部下の人たちを連れていた。
私たちの再会は単なる偶然のようだった。

…………
麦畑を出た私がやっと得た仕事は、酒場の客引きだった。

無愛想な顔なしの店主さんは言った。
「いいか。店の前に立ってニコニコして、美味い酒があるって引き入れろ。
××時間帯経って××人の客が入ったら××くらいの金をやるから」
その場で私を雇った店主さんは、そう言い捨てて店の中に戻っていった。
バタンと目の前で閉まる扉を見て、私は沈黙する。
二桁の時間帯を普通に言われたけど、休憩とかまかないとかは……。
――でも仕事を選んでる余裕はないですしね。
私は肩を落とし、裏通りを行き交う人たちに声をかけ出したのだ。

…………

で、店の前でエリオットは実に不機嫌そうだった。
「紙を渡してやっただろ。俺のサインと、『この紙を持ってきたガキに飯と仕事を
やれ』ってメモ。あれはどうしたんだ?」
どうしたもこうしたも、書かれた内容を確かめた瞬間にびりびりに破いて川に捨てた。
親切は嬉しいけど、こっちの世界でまでマフィアと関わる気はない。
でもまあ、馬鹿正直に言ったら撃たれるだろうから、
「ええと、ぼんやり歩いてたら、転んで、川に流れちゃって……」
「……馬鹿だな」
「すみません。でもこうして仕事も見つけたし、もう大丈夫ですので」
「そうか?でも何も食ってません、て顔してるぜ?」
エリオットは疑わしげだ。私はいちおう客引きしてみる。
「それで美味しいお酒を出す店なんですが、ぜひどうぞ」
すると彼は苦笑する。
「あのなあ、そんな無表情で抑揚のない声で『美味しいお酒を出す』なんて言われて
入る気にならねえよ」
まあ、それはそうか。現に×時間帯で入った客はほとんどいない。
このままではノルマ達成が危うい。
「なら、あなたが入って下さい」
そう言うと、エリオットは少し目を丸くした。
うわ、役持ち相手にちょっと図々しい物言いだったかも。
しかし腕組みをすると、少し考える顔になり、チラッと私を見る。
「まあ、どうせ飲みにきたんだから、どこでもいいか。おい、ここにするぞ」
部下にそう言った。そしてそれ以上は私を見ず、部下を連れ店の中に入っていった。
『い、いらっしゃいませっ!!』
マフィアNO.2の突然のご来店に、店の人たちは大慌てだ。
それを聞き、私はホッとして、客引きを再開した。

…………

「この前の酒場は辞めたのか?」
声をかけられ、振り向くとまたエリオットがいた。今度は一人だ。
裏通りの安酒場の前。この前とは別の場所だ。
――まあ、裏通りだから彼みたいな人とは遭遇しやすいのかもしれないけど……。
役持ちとあまり関わりたくない私は、エリオットに事務的に対応する。
「あそこはつぶれました。『酒が不味い』とキレたお客さまが銃を持ちだして」
「へー、裏通りの酒程度でそこまでするのか。短気な奴がいるもんだな」
「…………」
酒場を潰した『キレたお客さま』は私の目の前にいらっしゃるんだけど。
しかもあの騒ぎで私の給金がうやむやになってしまい、無駄に疲れただけでした。
で、未だにまともに稼げず、残飯で食いつないでいる状態だ。
「おまえ、この前より小さくなってないか?ちゃんと食ってるか?」
エリオットが私の頭をなでる……失敬な。
「ここも美味しいお酒と料理を出す店なんですが、ぜひどうぞ」
再び客引きをするけれど、
「いらねえよ。今は通りがかっただけだ」
すげなく断られた。
でもエリオットはそのまま近くの壁にもたれ、腕組みをして煙草を吸い出した。
「…………」
通りがかったのではなかったのか。何か私を見ている気がするし。
困ったなあ。でも私の方も、彼と愉快に会話する余裕はない。
エリオットにばかり構ってもいられず、客引きの仕事を再開した。

…………
彼の足下に煙草の吸い殻が何本も落ちている。ポイ捨ては良くないのになあ。
そして最後の煙草を吸い終わったエリオットは私に言う。
「おまえ、客引きなんだから、もっと愛想よくしろよ。もっと楽しそうに……」
まあ、十数人に声をかけ、全員に無視されましたが。
「ガラではありませんので」
こっちも何とかしようと思ってるんだけど、どうにも表情が動かない。
「じゃあ何でこんなところで働いてるんだよ」
呆れたように言われた。
「選べる身分じゃないんですよ。要領が悪いもので他に働き口がないんです」
「あー、そうだな。何かトロそうだもんな、おまえ」
「…………」
ズケズケ言うなあ。
「なあ、やっぱり帽子屋屋敷に口をきいてやろうか?」
「いえ大丈夫です。ここでちゃんとお客さんを入れればお金がいただけますので」
「……ふーん。じゃ、頑張れよ」
「どうも」
結局、さして会話することもなく、エリオットは去って行った。

そして『集客が悪すぎる』とその酒場も給料未払いのままクビになりましたとさ。

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