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■麦畑で三月ウサギに出会う1

「……おまえ、何やってんだ?」
三月ウサギ、エリオット=マーチは麦をかきわけ、ずかずかと私に近づいてくる。
私は少し顔を赤らめ、くわえていた麦の穂を口から離す。
「いえ、その、ちょっと食べようと……」
「はあ!?」
「あ、あの、えーと。あまりにお腹がすいていて……」
言いながら、だんだん恥ずかしくなってくる。
冷静になって考えれば、雑草を食おうとしているようなものだ。
空腹のあまりとち狂ったとしか思えない。
私は慌てて穂をそこらに捨てる。
するとエリオットはその穂を見ながら、
「あのな。穂が丸ごと食えるわけねえだろ。食うのは種子の部分だけだ。
こんなもん無理に食って、運が悪かったら下痢になってそのまま時計が止まるぞ」
うーむ。こんな麦畑のど真ん中で脱水症状になっても誰も助けてくれないもんね。
というか、やけに具体的な注意ですな。

「えーと、どうも……え?」
顔を上げると、目の前に銃口が見えた。
――え……?
状況が把握出来ない。夢でも見ているのかと思った。
――え……?何、どういうこと……?
全く顔に出さずキョドっていると、声が聞こえた。
「やっぱり止めた。つまんねえ」
「へ……?」
そして銃口がゆっくりと遠ざかる。
「……え?」
銃口がゆっくりとどき、その向こうにエリオット=マーチがいた。
「あれ?えーと、何で、私を撃とうとしたんですか?」
「おまえが俺の場所を占領してたからな。あと試し撃ち」
ホルダーに銃を戻しながら、つまらなさそうにエリオットは言う。
……ちょっとちょっと。
というか今さら気づいたけど『あんた』ではなく『おまえ』なんですね。
とはいえ赤の他人に対する三月ウサギは、考える前に撃つ冷酷非道な性格だ。
冷や水を浴びせられた私は慌てて、
「す、すみません。ちょっと錯乱していたもので……失礼します」
あわてて立ち上がろうとし……いかん。空腹でめまいが。
クラッとまた座り込んでしまい、また何とか立ち上がろうとして、また座る。
嫌そうに私を見ていた三月ウサギは、
「……無理に立ち上がろうとするな。ちょっとなら、ここにいてもいいから」
冗談じゃない。一度は銃を収めてくれたけど、何がきっかけでまた撃ち出すか。
「大丈夫です……あ、ちょっと手を引っ張っていただけます?」
言ってから内心冷や汗が流れた。
つい、なれなれしく話しかけてしまった。
向こうは私と初対面と知っていても、こっちにすれば親しい知り合い。
だから、つい前のように話しかけてしまったのだ。一瞬ヒヤリとしたけれど、
「仕方ねえなあ……ほら」
自分の手に大きな手の平を感じたかと思うと、一気に引っ張って立ち上がれた。
「はあ……どうもありがとうございま……うわっ!」
引っ張られた反動でよろめき、エリオットにもろにもたれかかってしまった。
「おい、調子にのってんじゃねえぞ!」
乱暴に引きはがされ、睨みつけられる。幸い銃を取り出すところまでは行ってない。
「本当、本当にごめんなさい!」
私も光速でエリオットから離れ、頭を下げ、フラフラと歩き出す。
「そ、それでは私はこれにて……」
「ちょっと待て」
呼び止められ、心臓が止まるかと思った。
ふりむくと、エリオットが懐から出した紙に何か書き付ける。
それを二つ折りにすると、私に出した。どうしたものかと迷っていると、無理やり
手を開かされ、手の平に押しつけられる。
「それを持って、帽子屋屋敷の裏口に行け。門番が門の前にいないときを選べよ」
「え……」
私は困惑しきってエリオットを見ていると、
「早く行けよ!撃たれたいのか!?」
「は、はい!」
私はこれ以上絡まれないよう、急いでエリオットの脇を通りすぎる。
あー、撃たれなくて良かったー。
頭の中は安堵でいっぱい。あとお腹空いた。
来たときの道なんて忘れ、麦の穂をかきわけ道をすすむ。
「…………?」
そのとき、何となく背後に視線を感じた。
私はふと振り返った。

エリオットがまだ私を見ていた。

「…………」

まぶしい。夕陽がとてもまぶしい。茜色の空はどこまでも美しい。
麦の穂が黄昏の風に揺れている。
青々とした麦の穂なのに、まるで金色を散らしたように、キラキラしている。
そんな麦畑の真ん中に立つ、大きなお耳のカッコいいウサギさん。
冷たいわけでもなく、暖かいわけでもない目で私を見ている。
薄汚れて、やつれて、パサパサした髪の平凡以下な私を。
……いかん。自己嫌悪癖がまた出て来たかも。
あんまりジロジロ見て、ガン飛ばされたとか因縁つけられる前に立ち去ろう。
私は軽く頭を下げ、またエリオットに背を向ける。
そして一度も振り返らず、何度か転びそうになりながら、麦畑の出口へ急いだ。
だから三月ウサギがまだ私を見ていたかどうかは分からない。

でも、ずっと背中に視線を感じたのは、私の自意識過剰なんだろうか。

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