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※「銃とそよかぜ」共通夢主(知識不要)

※夢主設定:
・紅茶や珈琲の腕前は店を開けるレベル
・前の国では役持ちたちから物扱いされ、苦労した

※注意:この作品はR15、R18、鬱展開、DVを含み、全体的に暗いです。
クローバー設定重視のため、エリオットはマフィアです。
また夢主は、ひどい目にあい続けます。

※少しでも不快に感じられましたら、すぐにページを閉じてください!


……………………

そよかぜと麦の穂

森には木々の葉が風に揺れ、木もれ日が優しく私を包む。
「うーむ……」
髪を風になびかせた美少女……ではない平凡ナノさんは悩んでいた。

『開けて……』
『行きたい場所へ……』
『あなたが望む世界へ……』

そんな声がそこかしこから聞こえる。
そう、ここは、行きたい場所に行けるというドアの森。
木々に不自然に取り付けられた扉の群れが、私にささやきかける。

「…………」

私は振り返る。
木々に隠れてもう分からないけれど、お世話になった不思議の国がある。
私を愛し、守り、世話し、面倒を見てくれたたくさんの人たちがいる。
本当は十分にお礼を言いたかった。

「……ごめんなさい。でも私、元の世界に帰りますね」

私は頭を下げ、目の前の扉を開け、中に入った。

…………

私はナノ。
銃弾飛び交う不思議の国にやってきた余所者の少女。
出身地は日本で、緑茶が大好きです。
あとは忘れました。記憶喪失ってやつです。
不思議の国にやってきた私はいろんな人から親切を受け、ついにはお店まで開き、
楽しく暮らしていました。

……が、この世界では『余所者は愛される』という謎の法則がありました。
こちらからは何もしないのに、向こうは私に夢中という乙女の夢の世界!
しかし銃弾飛び交う世界の人々は、てめえらの価値観を直球で私にぶつけてこられました。
結果、マフィアのボスからはペット扱いだわ、塔の補佐官殿は私の店をつぶそうと
するわ、お城の騎士様は白昼堂々、外で襲ってくるわ……。
その他の知り合いにも総じてアプローチかけられまくり迷惑かけられまくり。
私も誰かと恋仲になろうとしたり、逃げたり隠れたりしたけれど、それも限界で。
……それでまあ、ついに音を上げました。

この世界とはおつきあい出来かねます、とお別れすることにしたんです。

で、ドアの森に来ていたと。
――とはいえ、本当に元の世界に帰れるんですかね。
扉をくぐる瞬間に私はそう思う。
私は記憶喪失ながら、元の世界にろくな記憶がないと思われる。
大して思い入れのない世界に帰れるんだろうか。

――でもどこでもいいですか。一人で静かに生きていけるなら……。

そして視界が白く明滅し、私は何も分からなくなってしまった。

■新しい不思議の国へ

会合が近いと、裏通りも人の流れが多くなる。
それは、ゴミが増えるということでもある。

――お腹が空きましたねえ。

私はチリトリ片手にため息をついた。掃いても掃いてもキリがない。
店の前は汚れている。暗い裏通りでゴミもよく見えない。
表通りはあんなにきれいなのに、数本裏道に入るだけでこれだ。
でも少しでもきれいになるといいな、とゴミは全部取ろうとする。
すると店の扉が開き、顔なしの従業員さんが私に言った。
「おい、いつまでやってんだ。軽く掃いたら戻れって言っただろ」
「あ、はい」
あ……そうだった。汚れが元に戻る世界だから、おおざっぱなゴミを片づけるだけで
良かったんだっけ。
私はホウキとチリトリを手に店に戻る。
――そろそろまかないのお食事をいただけませんかね。
と儚い期待を抱きながら。

ここは表通りのオシャレなカフェ……ではなく裏通りの小さなバー。
中では店長さんと一人の従業員さんが忙しそうに働いていた。もうすぐ開店か。
さっきの従業員さんが私に冷ややかに、
「あんまりノンビリやらないでくれよ。
会合中が終わったらここにも客が来るんだから」
「すみません」
どうもご飯という空気ではない。
頭を下げ、私も作業の輪に加わる。
さっそく出されたお皿を取り……空きっ腹で足が少しもつれた。
「わっ……!」
「危ねえ!……うわっ!」
ガラスが大量に割れる嫌な音。
つまずいて従業員さんにぶつかり、彼は持っていた酒を床にガッシャンと落とした。
私の持っていた皿と、割れたお酒。床は惨状だ。
「どうしてくれるんだっ!この酒は特注の特注品だぞ!!いくらしたとっ!」
「ご、ごめんなさい!お給料から引いてください!」
従業員さんに大慌てで頭を下げる。従業員さんは私をにらみつけ、
「おまえの給料程度で払いきれるか!もういいから、床を掃除しろよ!」
と吐き捨て、苦々しげに私を見る店長さんの元へ。
私はみじめな気分で、ホウキで飛び散った酒瓶の破片を掃く。
ていうか、やっぱりお腹が空きました。

破片を片づけていると、カウンターの向こうで従業員さんが店長さんに話している
声が聞こえてきた。
私に聞こえてないと思ってるようで、何とか聞こえる音量でヒソヒソ話している。
「もう切りましょう。いくら人手不足だからって、アレはあんまりだ……」
うーん、私は要領が悪く、しかも不器用。機転も利かないと来る。
「だが家族を撃たれて、身寄りも寝るところも無いっていうんだ。可哀相だろ」
うん、バーの店長さんに、土下座する勢いで頼み込み、どうにか雇ってもらった。
家族を撃たれたというのは創作だけど、身寄りがないのは本当だ。
「そんなの珍しい話じゃないでしょう。安易に同情してたら店がつぶれる」
はあ、銃弾飛び交う異世界。だいたいにおいてこの世界の皆さんはシビアだ。
といっても別に私は、バーの人たちにいじめられてるわけではない。
店長さんのように、余所者と気づかないながら、みんな親切にしてくれる。
が、仕事が出来ないという一点において、しばしば親切は冷酷に変わる。

「仕事は遅いし、客商売なのに一度も笑わない。今のうちに取り替えないと」
従業員さんは引く気はないようだ。
「そうだな、前に来た親類の娘も仕事を探していた。だが女二人も雇う余裕は……」
店長は嫌な方向に軟化姿勢。
「そうですよ。あの娘の方が機敏だし可愛いから客寄せにもなる。お願いしますよ。
あっちの方は、次の時間帯にでも俺が『良心的な店』に連れて行くから」
「売り払う気か?だが愛想もないし、買いたたかれるぞ。本人も抵抗する」
あー、店長さん陥落しちゃった。お金って怖い。つか裏な人々だな、本当。
「酒代だけでも取り返さないといかんでしょう。嫌がるなら、何発か撃って……」
そういえば、気に入らなければ撃つ世界だったっけ。危険信号だ、これは。

私は集めたガラスの破片を袋にまとめ、ゴミ捨てに行くフリをして外に出た。
そして店に頭を下げ、着の身着のまま、どこへともなく歩き出した。
そういえば、ついにお給金をいただけなかったような。

あと、やっぱりお腹が空きました。

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