続き→ トップへ 短編目次 長編2目次

■甘やかされた話18

グレイの部屋で、私はお茶教室に忙しい。
「えーとね、グレイ。そんなに急がなくても大丈夫なの……大丈夫なんですよ」
「だがナノ、急須のフタは閉めた方がいいんじゃないか?」
「フタをするときもあるけど、蒸れが出るから閉めないでもいいよ……ですよ。
茶葉の状態がよく見えるし私はこのやり方が気に入ってるの……気に入ってますよ」
あわてて言い直す。
けれどグレイは慈愛のまなざしで私を見下ろし、頭を撫でる。
「直さなくていい。自然なしゃべり方でいい」
私はグレイに身体を預けながら、
「う、うん。どうしてグレイにだけ、こうなっちゃったかな……」
よく分からない。突然切り替わったのではない。
あれからずっと一緒に暮らし、そのうち敬語にタメ口が少しずつ混じるようになり、
気がつくとグレイに対してのみ、敬語がなくなってしまった。
「俺は今の話し方が好きだ。対等だし、特別扱いされている感じがする」
グレイはむしろ嬉しそうだった……対等で特別扱いって何だろう。
「で、でも、一緒にいるからこそ、互いに礼儀と節度を……」
「必要ない。君は十分すぎるほど、俺を喜ばせてくれるだろう」
「わ……グレイ、茶葉がっ!ちゃんと茶葉を見て!」
抱き寄せられ、グレイを咎めるけれど、無視してキスされた。
「んー……」
そしてグレイはチラッと急須を見て、
「さて、茶葉が上手く開いたな。淹れるとするか」
「むっ」
さっさと離れたグレイは、涼しい顔で急須にフタをし、茶を注ぎ始める。
弄ばれた形の私はていっとグレイの背中をぺちぺち叩くけど、笑われただけだった。
私も笑う。二人の部屋には明るい笑い声が終わりなく響いていた。
……だがお茶はまずかった。

…………
「で、結局、談話室に店を構えるのか」
ナイトメアが言う。
「そうですよ。皆が立ち寄る場所ですし、いろんな人に飲んで欲しいですから」
「そうか。まあ資金調達は任せてくれ。君は淹れることにだけ集中すれば、本当に
美味しいものを淹れるからな。今度はきっと繁盛するよ」
「ありがとうございます、ナイトメア」
私は微笑む。ナイトメアも目を細め、
「ああ、ちゃんと笑うようになってくれて良かったよ。
それもこれも、グレイのまずい茶が原因だな」
「…………」
確かに。そうと言えなくもない。
何というかこう、愛とか恋とか、そういうものでロマンチックに結ばれたかった気も
するんだけど。まあ私にはそれで相応なのかな。はあ。
「しかし元はといえば、君のために変な方向に突っ走ったおかげだからな。
ある意味、愛のなせるわざじゃないか?」
トントンと書類を整えながら、夢魔は昼間から恥ずかしいことを口走る。
「いいんですかね……」
「君が幸せなら、何だって」
私をこの世界に導いた夢魔は、心からの祝福の笑顔を見せた。

…………

グレイは緊張の面持ちでお盆を持っている。
私は部屋で正座して湯呑みをすすり、
「あー、お茶が…………まずい」
私はキッと、立ち尽くすグレイを睨み、
「マイナス35点」
「ああ……」
絶望的な表情だったグレイは、とどめをさされ、ガクッとうなだれる。
「まあ、以前はマイナス200点くらいだったから、毒性は減少傾向にあるかと」
「何一つ慰めになっていないぞ、ナノ」
私は悔しそうなトカゲの恋人を見つめ、
「だから、普通に淹れれば普通の味になるのに……。
奇抜な材料を入れたり、変な工程を作ったり、そういうのはダメなの」
「いや、だが、その、君に喜んでもらいたくてだな……」
言い訳など見苦しい。
「まっとうな方法で淹れてくれた無個性なお茶が一番嬉しいんだけど」
「すまない……お茶の道は長いんだな」
あなたの場合、スタート地点から逆走してるとしか。
「でも、そこまで味が分からないなら、無理して淹れなくてもいいけど……」
「そんなことはない。俺は君と同じ位置に立っていたいんだ」
ムッとしたように言われる。
「いや、良いことを言ってるようにも聞こえるけど、それであの味というのは……」
「恋人の努力を分かってくれない子には、少しお仕置きが必要かもな」
「さてココアを淹れよかな」
私はそそくさと立ち上がる。そして二人同時に吹き出し、くすくす笑う。
グレイと私は、今では軽くケンカをすることさえある。
そんなときのグレイは大人には見えない大きな子どもみたいで。
でも、最後に負けてくれるのはやっぱりグレイだ。

ライトを消すと、月明かりが私たちの部屋に差し込む。
そして私たち二人は窓辺に並んで…………正座。私はグレイに湯呑みを差し出す。
「粗茶だけど」
「いただこう」
厳かに差し出した煎茶をグレイが押しいただき、今度は逆にグレイが私に、
「粗茶だが」
「粗茶で良かった」
しかし、どう見ても粗茶どころではない蛍光色の何かを差し出された。

三角に重ねた月見団子を前に、恋人同士でなぜだか月見をしている。
グレイは私の茶をすすり、
「うん。お茶が美味いな」
私も茶をすすり眉をひそめ、
「あー、お茶がまずい」
と呟く。しかしグレイは肩を落とし、
「また失敗か……いずれはナイトメア様にもお出ししたいと思っているのに」
私はなおも茶をすすり、

「この調子じゃ、グレイのお茶を飲むのは一生、私一人だけになりそうね」

うう、えぐい、苦い。
グレイを見ると、なぜかこちらをじっと見つめている。
「グレイ?」
「あ、ああ。俺は一生、君だけにお茶を淹れるよ」
「へ?」
これは新手の殺人予告か?だけどグレイは真剣そのものの顔で、

「だから俺も一生……君のお茶を飲みたいと思う」

私は考える。まあ、どうせ緑茶なんてマニアックなもの、他に飲みたがる人もいない
からいいか。だから、なぜか緊張に強ばっている様子のグレイを見て、
「うん。別にいいよ」
するとグレイが全開の笑顔になる。あとキスされた。
「そうか……そうか……!ありがとう、ありがとうナノ……!」
「はあ、どうも」
何かすごい感激されてるけど、何なんだ。
どうせお互いしか飲む相手がいないのに大げさだな。
そしてグレイの淹れた茶を飲み、月を見上げる。

「ああ、お茶が美味しい」

狙われたり、弄ばれたり、陥れられたり、さらわれたり。
ろくでもないことが多い不思議の国。でも大好きな世界。
とはいえ騎士やマフィアのボスはこれで納得するんだろうか。
これからも何かしらありそうな気がする。
だけどまあ、グレイと二人なら何とかなるだろう。

横ではグレイが『式場の手配……』『招待客は……』『仲人はナイトメア様に……』
とかブツブツ言ってる。また仕事モードに入ったんだろうか。忙しい人だ。
「ナノ、愛してるよ」
かと思うと、抱きしめられ、いきなりキスをされた。
しかもそのまま湯呑みをお盆に置かれ、床に、直に押し倒される。
「ちょっと、グレイ……」
「いつまでも、君だけを、ずっと……」
何か知らないけどえらく熱い。仕方なくグレイに合わせ、キスを受ける。
「私も、あなたを愛してる」
小さく小さく言った。聞こえているかどうか分からない。
いや、聞こえたみたいだ。抱きしめる力が……ミシミシと。痛い痛い痛い。
そんな、ときどき子どもっぽい彼も好きだ。
もう一度キスをし、私たちは月明かりの中、絡み合う。
――ここにずっといると、ちゃんと決めたから。
グレイともちゃんと向き合って、ときにはぶつかりあって、お茶を淹れて淹れられて
ずっと一緒にいられたらいいな。そんな風に思う。

「あなたに会えて、本当に良かった」
私は最高の笑顔で、グレイにそう言った。


あなたのそばに、ずっといる。


甘やかされた話・終わり

2011/12/03

※仕様で、次ページから「そよかぜと麦の穂」になります。

18/18
続き→
トップへ 短編目次 長編2目次


- ナノ -