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■甘やかされた話16

そのあとは、至極すみやかに終わった。
どうやら、塔の人が部屋の騒ぎを聞きつけ、グレイに連絡してくれたらしい。
グレイは騎士に怒りの限りをぶつけ、追い払ってくれた。
騎士は例によって笑いながら『またな』と不吉な言葉を残して去って行った。
めでたしめでたし。

で、そのままグレイは仕事に戻らず、震える私のそばにいてくれた。
「ナノ……怖かったな」
なぜだか知らないけれど、はだけた私の服の中に手を忍ばせ、胸を愛撫していらっしゃる。
「ん……」
煙草の匂いのするキスをされ、安堵する。
そして再び迷いが出てくる。
――私、グレイが好きなんでしょうか……。
分からない。あの扉はグレイの部屋に通じていた。
ならグレイと言うよりグレイの部屋に愛着がわいていた可能性はないだろうか。
「や……っ」
さらに前をはだけられ、完全にあらわになった胸を舌がくすぐる。
不安と猜疑心に苛まれる心は、早くも快楽を歓迎する。
「愛してる、ナノ」
「グレイ……」
そのまま行為になだれこむかと思った。
でも、しばらくしてグレイが動きを止める。集中出来ないことがあるみたいだった。
「ナノ。騎士のしわざだろう?この部屋に騎士が勝手に侵入し、君を襲った。そうだろう?」
「…………」
グレイの声は、どこか懇願の色があった。
何かを認めまいとしているような不安と疑い。
きっと私が肯定すれば、いつもの笑顔で君を信じると言って、無かったことにして
くれるんだろう。でも、それでは何も変わらない。
私は全ての恐怖を押さえつけ、口を開いた。

「……違います。私、あのドアを開けようとしました。そこにエースが来たんです」

グレイの動きが止まった。
「そうか……」
驚きではなく、どこか分かっていた、そんな表情だった。
「あのドアの場所で、もめている君と騎士を見たと聞いていたが……」
そしてグレイは行為を中断して起き上がると、ベッドに腰かけた。
私も軽く前を直し、その横に並ぶ。

グレイは私を抱き寄せた。
「……君と騎士が俺の部屋で争っていた。ということは、君はドアを開けてここに
到達したということだ。それはいい。いや当然のことだ」
自分に言い聞かせるようにそう言って、さっきより強く私を抱き寄せる。
私の方は尋問されているようで、怖くて仕方ない。
「だが、なぜドアを開けようとした。それを、教えてほしい」
心臓が早鐘を打つ。グレイにどう思われるかと考えただけで胸が張り裂けそうだ。
でも言わなければいけない。今度こそ本物の迷惑をかけてしまったから。
だから……言わなくては……あなたが好きじゃ無いと思いますって。

「……あなたのお茶が死ぬほどまずかったので、これ以上ここにいては殺されると」

「……は?」

……え?あれ?

グレイはポカンとしている。
私も自分自身に驚いている。ていうかこんなシーンで何を言ってるか私。
あなたの優しさが不安とか、好きか分からず逃げたとか恋愛ソングの歌詞みたいな
ことを打ち明けるんじゃなかったっけか。
いや、しかしこれはこれで押し殺していたことでもある。
一度話し始めると止まらなかった。
「いえね。不味いなんてもんじゃないです。××××××なんですよ、アレ。
飲むたびに嘔吐を抑えるのに一生懸命で、毒性がたまりにたまって、いつかおかしく
なるんじゃないかと気が気じゃなくて」
「いや、ちょっと待て、ナノ。そこまでひどくはないだろう。俺だって……」
「そうです。あなたが私のために頑張ってくださってるから言うに言えなくて。
というか、この間の塔の事件もあなたが犯人なんです。あのひどい茶でバッタバッタ
と皆さんお倒れになってしまって」
「そ、そうなのか?そこまでひどかったのか!?」
グレイはショックを受けているようだった。
ああ、自信に満ちた彼のこんな顔は見たくなかった。
そして私はまっすぐにグレイを見て言った。

「で、被害の拡大を抑えるために、あなたを好きだと嘘を言ってしまったんです」

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