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■甘やかされた話15

「止めて、エースっ!!」
ドアがほんの少し開き、それだけで悲鳴のような声が私の喉から出る。
「ここに来たのは、本気じゃないんです!ちょっとした気まぐれで……!
だって、私はグレイに迷惑をかけてばっかりだったからっ!」
「じゃあなおさら行かなきゃ。もうトカゲさんに迷惑をかけずにすむぜ」
「それは……!」
確かにそうだ。でも……。
ほんの少し私の力がゆるんだ隙に、エースは人が通れるくらいの広さまでドアを開ける。
その向こうは光に包まれ、何も見えない。
私は恐怖で心臓が止まりそうだった。
「止めて……ダメなんです。本当に……」
私は必死に周囲を見る。でも人っ子一人いない。
「行こう、ナノ。二人で時計塔に」
エースが優しくささやき、私を無理やり押す。
ダメだと抵抗しても、足が勝手に敷居をまたぐ。
「ダメ……ダメ……」
――グレイ……っ!
目から涙がこぼれる。
ユリウスのことは嫌いじゃない。彼ともう一度暮らせるのならどんなに嬉しいか。
でも……。

――他の国に行ったら、もうグレイに、会えないんですか……?

尊敬出来る人、親切な人。私を喜ばせよう、塔にいてもらおうと必死だった。
その優しさが時に重く、怖かった。
だけど、このまま逃げるようにして去り、グレイと何一つ気持ちを通わせることの
ないままお別れになってしまうなんて……。

――いや……っ。

胸を何かが突き刺す。
グレイを好きかどうかなんて分からない。
でもやっぱりこんなのは間違っている。
もっとグレイと話したかった。枕を並べ、お店のこと、お茶のこと、ココアのこと、
ナイトメアのことをたくさん、たくさん、たくさん。
二人で手をつないで、いろんな場所に遊びに出かけてみたかった。
お茶の正しい淹れ方を、教えてあげたかった。
でも、どこかでグレイが怖くて、何一つ本当のことを言えないままだった。

……迷惑だと思われて……グレイに嫌われるのが怖かった……。

光に包まれ、涙がこぼれる。
そして、エースに背中を押されるまま、私は扉を抜けた。

…………

「う…ぐす……ひっく……」
私は絨毯に膝をつき、肩を震わせ、しゃくりあげる。
悲しみではなく安堵で。

グレイの部屋だった。私がたどり着いた先は。
テーブルの上に私の手紙が読まれずに放置されていた。
私はガクガクする手でその手紙をつかみ、びりびりにしてゴミ箱に放り捨てる。

――グレイの部屋だった。私の一番行きたい場所は……。

ボスの所でも、お店ですらなく。
「ふーん。本当にトカゲさんにほだされちゃったんだな」
後ろからはエースの呑気すぎる声。私は涙を拭き、呪詛のこもった目で、
「もう出て行っていただけますか?ここはグレイと……私の部屋です」
するとエースがゆっくりと剣を抜く。ごく平然と、普通の表情で。
私は急いで立ち上がる。

逃げ場を探すけれど、扉はエースが背にしていた。
「駆け落ちに失敗してフラれたってことか。あはは。カッコ悪いなあ」
「最初から、あなたが格好良かったことなんてないですよ……」
冷や汗が出る。エースはいちおう軍事責任者だ。
剣をどうにかよけても、銃に変えられたら……。
「格好良く退場されたいなら、何もせずここから出て行って下さい」
「うーん、そうしたいんだけど。ユリウスのことを忘れて、店のことも放って、全部
なかったことにして、トカゲさんと一緒になろうとしてる君を見たらさ……」
エースは剣を振りかぶる。私はどう逃げるかを必死でシミュレーションしていた。
「……言い訳はしません。でも、あなただって私を責められるほど、まともに私を
扱ってくれなかったでしょう?帽子屋のボスだって、どれだけ私を侮辱したか……」
その後は怒りで言葉に出来ない。
「そうだな……じゃあ、もっと悪役っぽくこうする?
トカゲさんが帰ってきたら、ベッドで寝てる俺と君がいるとか……」
「その人を陥れようとする発想には感服いたしますが……わっ!」
エースの剣の一撃をかろうじて避ける。

「俺は君のことを愛してるつもりなんだけどなあ。俺なりに」
「……っ!」
ツッコミを入れたくとも、剣を避けるだけで精一杯。
剣の攻撃。金属バットのすごいのを振り回されているとでも思っていただきたい。
ちょっとかすっても怪我をしそう。恐怖と焦りで、動きを読むのさえ難しい。
あんな重そうな鉄の塊……と思っていたけれど、何であんなに軽々と振り回せるんだろう。
「心配しないでくれよ。君が抵抗しないように、ちょっと折るだけだから」
……どこをですか。
と、内なるツッコミを入れている間に、剣が私の服を軽く裂く。
「わっ!」
あらわになった前を押さえながら思う。
――あ、危ない……あともう少し前に出ていたら……。
冷や汗がどっと出て、全身が震えるけれど、
「あ、その格好もけっこう扇情的だな。可愛いよ、ナノ」
笑ってない目で騎士は笑う。
どこか寂しそうな、私をうらやむような目で。
――八つ当たりが好きなんですから……。
ユリウスはいない。城にも居つけず、私まで去れば、エースは一人ぼっちだ。

――本当に私と一緒に時計塔に行きたかったんですかね。

さっき斬られかけたためか、ヘタレな私は早くも動けない。
エースは次の攻撃を繰り出そうとしている。
剣が狙うのは私の腕か、足か、それとも心臓か。
やけにゆっくりと動くそれを見ていたとき、扉が大きな音を立てて開いた。

「ナノっ!」

グレイが猛然と飛び込んできた。

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