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■甘やかされた話14

グレイの部屋の窓からは、きれいな青空が見える。
私は座布団に正座し、湯呑みをすする。そして一息つき、
「はあ……お茶が……」

おいしくない。まずい。とてつもなくまずい。というかそれ通り越して吐く。

「緑茶を強火で炒ったものがほうじ茶だそうだ。君は試したことがないというから、
俺がやってみたんだが、どうだろう」
「……非常に、おいしゅうございます」
焙煎の失敗は私も経験があるから、とやかく言えない。
だが緑色のものを火にかけ、毒々しい赤が発生する化学反応が不明だ。
普通なら鼻をつまんで一気のみするべくものを、グレイの手前、いかにも美味しそう
なフリをして、ゆっくりと飲む。
その横でグレイも……さすがに正座は無理らしくソファに座り、同じ茶を飲む。
そして満足そうに、
「以前と比べて、俺も上達しただろう?」
「ええ、まあ、そうですね」
窓の外を眺めながら何とか返答する。毒性に関しては上達している。
――この人と一緒にいれば私は長くはない。
ンなアホらしい考えさえ、冗談に思えなくなるほどマズかった。
しかしそんな私の内心には気づかず、グレイは手をのばして私の頭を撫でる。
大きな手が心地良くて、しばらく目を閉じてその感触を味わう。
けれどその手がゆっくりと離れ、グレイが立ち上がる。
どうやら仕事の時間らしい。私を見下ろし優しく笑うと、
「なるべく早く戻る。君は部屋でくつろいでいてくれ」
「グレイ。私はお外に出ていいですか?」
一瞬、グレイが否定するのではと思った。でもグレイは、
「ああ、もちろんだ。だが街は危険だから、塔の外には出ないでほしい」
「そうですね。塔の中を散歩してますよ」
「いい子だ」
私が立ち上がり、素直にうなずくと、グレイがかがんでキスをしてくれた。
「ん……」
そして扉の前まで彼をお見送りする。
「早く帰ってくるよ」
「いってらっしゃいグレイ」
グレイが扉越しに振り返り、もう一度触れるだけのキス。
小さな音を立てて閉まる扉。
私はその扉に耳を当て、靴音が遠ざかるのを待つ。
「……よし」
私は懐から手紙を出すと、そっと室内のテーブルの上に置く。
お別れとお詫びの手紙だ。
もちろん、手紙に”ノリで告白しました”なんて失礼な文面を書けるわけもない。
経緯を説明した謝罪、そしてお別れ。

そして、グレイの部屋にワケもなく頭を下げると、何も持たずに部屋を出た。

…………

「はあ……」
三倍増しのため息をつき、私はドアを見る。
クローバーの塔にあるドアの回廊だ。
つまりまあ、塔の外に出たところで行くあてがあるわけでもなく。
自然と、足はここに向いてしまった。
「…………」
ドアの一つを睨むようにし、私はノブに手をかける。
そのまま回そうとし、
「…………」
手を止めた。
――……うーん……。
少し考える。
今さらながらドアの行き先が不安になったのだ。
いったい、どこに通じてるんだろう。
私の店だろうか。どこかの領土なんだろうか……別の国なんだろうか。
だんだんと怖くなってきた。

「やっぱり、グレイとちゃんと話し合った方がいいですかね」

自分が小さなことで悩み、取り返しのつかないことをしようとしてる気がしてきた。
「……部屋に、帰りますか」
ノブから手を離そうとしたとき。
「そう?思い切って開けちゃえば?」
私の手を大きな手が包んだ。

「エース……」
出たな、仇敵が。エースはいつもの通り、薄ら寒い笑いを浮かべている。
「手、はなしていただけますか?」
「どうして?君は今ここを開けようとした。だから手伝おうとしたんじゃないか」
「……ちょっとした気の迷いです。すぐ戻りますよ」
低く言うけれど、それでも彼は私の手を離してくれない。

そしてエースは私の耳元で低く言う。
「なあ、二人でユリウスのところへ行かないか?」
「……っ!」

過去に何度かされた誘惑をささやきかけられる。私は苦しまぎれに、
「役持ちが勝手に別の国に行くと、おかしなことになるんでしょう?」
「まあ、それは行ってから考えればいいさ。な、ナノ?
二人で時計塔に行こう。どうせ君は、行くあても帰るところもないんだろう?」
「……本当に離して下さい。駆け落ちする趣味は、ありませんから」
「そっかそっか。なら、男らしく強引に行かなきゃな」
「っ!?」
エースの手が私の手を包んだまま、強引にノブを回す。

「止めて、エース!!」

やっと私の喉から焦ったような声が出る。
すると騎士は手を止め、笑顔で私を見下ろした。
「どうして?塔に逃げたかと思ったら、何かいつの間にかトカゲさんと同棲しだし
ちゃってさ。帽子屋さんもトカゲごときに……と悔しがってたけど、俺も寂しいぜ。
ユリウスを忘れ、苦労して建てた店をアッサリ捨てて自分だけ幸せになるつもり?」
「……っ」
いきなり現れて絡んできた理由はそれか。
「でも、君がここに来るくらい迷ってるなら、まだ許してあげてもいいぜ」
「どの口が……」
するとエースが身をかがめ、私に唇を重ねる。
「…………」
やわらかい感触と唇を舐める舌の味。煙草の匂いはない。

「一緒に行こうぜ、ナノ。
俺やユリウスと一緒にいれば、トカゲさんのこともすぐに忘れるさ」
「止めて……本当に止めて下さい!」
「行くぜ、ナノ」
「止めてっ!!」

エースは今度こそ手加減せず、私の手を握ったままノブを回した。

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